2020年04月23日

PCR検査の発明者を紹介した福岡さんの「生物と無生物のあいだ」

2020年4月23日再掲:

コロナウイルスの検査法としてPCR検査があることは、今や誰でも知っていることだ。

PCRとは、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の略だが、それでは、そのPCR法を発明した科学者は誰かご存知だろうか?

それが、福岡さんのベストセラーの「生物と無生物のあいだ」で「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」として紹介されていたキャリー・マリス博士だ。

マリス博士は、1993年にノーベル賞を受賞している。ノーベル賞受賞記念講演がウェブサイトに公開されており、PCRのアイデアを思い付いた時のことや、生い立ち、研究などのことを語っている。

英語版だが、Google翻訳を使うと、意味が通じる訳文が表示されるので、一度ノーベル賞受賞記念講演も見ていただきたい。筆者もGoogle翻訳の進化に驚かされた。

今回久しぶりにウィキペディアでマリス博士のことを調べてみた。マリス博士はまだ生きていると思っていたら、2019年8月に74歳で亡くなっている。

なんとタイミングの悪いことだろう。今生きていたら、PCR検査の父として、世界的に有名になっただろう。

4回結婚し、人格的にはいわゆる「変人」だったようだが、哀悼の意を込めて、マリス博士の著書を紹介するとともに、マリス博士のことを教えてくれた「生物と無生物のあいだ」のあらすじを再掲する。

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)
キャリー・マリス
早川書房
2004-04-09




2009年10月11日初掲:

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
販売元:講談社
発売日:2007-05-18
おすすめ度:4.0
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2007年発刊の本ながら、いまだにアマゾンのベストセラー231位に入っている分子生物学者の福岡伸一青山学院大学教授の本。勝間和代さんの「まねる力」というムック本の対談に登場していたので読んでみた。

AERA MOOK 勝間和代「まねる力」AERA MOOK 勝間和代「まねる力」
著者:勝間 和代
販売元:朝日新聞出版
発売日:2009-06-30
おすすめ度:3.5
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本の帯には各界のいろいろな人からの推薦文が紹介されている。

推薦文













筆者は昔はブルーバックスなどを時々読んでいたが、最近は科学系の本は「日本は原爆爆弾をつくれるのか」以来読んでいなかったので、久しぶりに読んだ科学の本だ。

これを機にブログにも「自然科学」というカテゴリーを新設した。

福岡さんは新書大賞とサントリー学術賞をダブル受賞していることでも分かる通り、この本は科学の本というよりは、本の帯にある「極上の科学ミステリー」といった感じの本で、エンターテインメント性を追求し、非常に読みやすく、わかりやすい。

筆者がひさびさに読んでから買った本だ。


ウィルスには生命の律動がない

現在新型インフルエンザがはやっているが、この本は昔読んだ岩波文書と同じ「生物と無生物の間(あいだ)」という題だったので、てっきりウィルスについての本かと思った。

生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)
著者:川喜田 愛郎
販売元:岩波書店
発売日:1956-07
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ウィルスは代謝なし、呼吸なし、結晶化も可能で、限りなくミネラルに近い存在である。しかしウィルスは自己増殖する。この不可解なウィルスを生物とするか無生物とするかで長年、論争がある。

福岡さんはウィルスを生物であるとは定義しない。福岡さんは生物と無生物の間にどのような界面があるのかを、この本で定義したいと語る。それはいわば「生命の律動」であると。いかにも文学的な、わかりやすい表現だ。


この本の目次がふるっている

この本の目次がいかにもふるっている。とても科学書とは思えない目次だ。この本はアマゾンのなか見検索にも対応している
ので、是非目次を覗いてみて欲しい。

第1章  ヨークアベニュー、 66丁目、 ニューヨーク

第2章  アンサング・ヒーロー

第3章  フォー・レター・ワード

第4章  シャルガフのパズル

第5章  サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章  ダークサイド・オブ・DNA

第7章  チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章  原子が秩序を生み出すとき

第9章  動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か

第10章 タンパク質のかすかな口づけ

第11章 内部の内部は外部である

第12章 細胞膜のダイナミズム

第13章 膜にかたちを与えるもの

第14章 数・タイミング・ノックアウト

第15章 時間という名の解(ほど)けない折り紙

「細胞膜」と言う用語が出てくるので、生物学の本だということがわかるが、それを除くと、まるで小説のチャプターのような目次である。


研究者にスポットライト

文章のうまさとタイトルの奇抜さもさることながら、この本の特徴は研究者に注目して生化学反応の原理探求を描いていることだ。

普通、科学の本はどういった反応が起こったかを、しとうと読者にわかりやすく説明しようと反応の原因解説が中心だ。読者にわかりやすく解説しようとする著者の親切心の現れともいえる。

読者としては反応がなぜ起こったのかについての知識は得られるが、研究者の人現像や、実験の過程で研究者がどんな点に工夫したかについてはあまり説明されていないことが多い。

ところがこの本では研究結果もさることながら、研究者の方にスポットライトが当たっており、実験者の人物像や試行錯誤の過程が詳しく説明されているので、しろうとにも実験の難しさと、その実験が成功したときの達成感や意義がわかりやすい

最もよい例が第2章アンサング・ヒーローだ。

アンサング・ヒーローとは、人知れず偉大なことを成し遂げた人のことで、福岡さんは「縁の下の力持ち」と言っている。この場合はDNA=遺伝子だと世界で最初に気づいたオズワルド・エイブリーという科学者のことだ。

エイブリーは福岡さんも勤務したニューヨークマンハッタンの一番東寄りのヨークアベニューと66丁目の交差点付近にあるロックフェラー大学研究所に1913年から定年退官する1948年まで35年間勤務していた。


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ロックフェラー大学研究所にはかつて野口英世も在籍し、数々の研究成果を発表したが、その発表の大半は現在は誤りであったとされている。

ヨークアベニューと66丁目というのはマンハッタンのちょうどクイーンズボロブリッジあたりで、ユニバーサルスタジオのアトラクションでキングコングが攻撃するケーブルカーがあるあたりだ。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在したので、ニューヨーク出張の帰りにマンハッタンからレンタカーでラガーディア空港に向かう時は、ちょうどこのあたりからからFDRドライブに入ってトライボロブリッジを通って、空港まで行っていた。

そんな有名な研究所があったとは全く知らなかった。

エイブリーがDNA=遺伝子という発見をしたので、その成果を元に1953年にイギリスの若いジェームズ・ワトソンフランシス・クリックがDNAはらせん構造をしているという事実を発表し、後にノーベル賞を受賞した。

1953年に"Nature"に発表されたわずか1.5ページのワトソンとクリックの歴史的論文が、この本に紹介されている。

watsoncrickpaper









出典:本文107ページ 原文はNatureサイトで閲覧可


ワトソンもクリックも次の本を読んだことが、生命を研究するきっかけとなったと語っているので、一度読んでみようと思う。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)
著者:シュレーディンガー
販売元:岩波書店
発売日:2008-05-16
おすすめ度:5.0
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ちなみにノーベル賞のサイトでは二重らせん構造のDNAを福岡さんがフォー・レター・ワードと表現するACGTでつくるゲームがあるので、一度見て欲しい。

ポスドク賛歌

この本ではこういった華やかな成果発表を支え、来る日も来る日も地道な実験を繰り返すポスドク(博士課程を卒業した研究者)やラボテクニシャン(補助研究者)の様々な試行錯誤にスポットライトを当てている。

福岡さん自身が米国のポスドク研究者だったので、ポスドクの役割である数々の下準備や、実験の工夫などがわかりやすく紹介されていて面白いストーリーとなっている。何人かの評者が「科学ミステリー」と呼ぶゆえんだ。

たとえば「内部の内部は外部だ」という題で、膵臓の細胞が消化酵素を分泌する動きが次の図で説明されている。非常にわかりやすい。

cell
















出典:本文200ページ

「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」も面白い。特定のDNAを増殖するPCR(ポリメラーゼ・チェイン・リアクション)マシンの発明をひらめいたサーファー科学者キャリー・マリスのことだ。

ポスドクのことを自虐も含めてラボ・スレイブと呼ぶそうだが、理系の学生にとって、この本は希望とやる気を与えてくれるだろう。

ポスドクは就職戦線では非常に厳しい状況にある。小宮山前東大総長の「東大のこと教えます」という本で、東大が就職部をつくったのは東大でも留学生やポスドクは就職が難しいからだと書いていたことを思い出す。

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」
著者:小宮山 宏
販売元:プレジデント社
発売日:2007-03
おすすめ度:4.5
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動的平衡

動的平衡とは、体の細胞を構成するタンパク質・アミノ酸が数日間ですべて新しいものに置き換わることであり、それゆえ生命は動的平衡にある流れであると定義できるという。

マーカーで染色されたアミノ酸入りのえさを食べた大人のネズミを解剖して器官を調べたら、アミノ酸は体内のあらゆる細胞に行き渡っていた。生物のあらゆる細胞は短期間にすべて新しいものに置き換わるのだ。


生命は機械ではない

この本の最も印象的な実験が、GP2という細胞膜をつくるタンパク質を持たないGP2ノックアウトマウスを使った実験だ。

まずはGP2遺伝子を欠損させたES細胞(なんの器官にもなるオールマイティ細胞)をつくり、マウスの胚に流し込むと、ES細胞は胚の一部となり、やがてGP2遺伝子ノックアウトマウスが誕生する。

福岡さんははやる思いでGP2ノックアウトマウスの組織を調べたら細胞膜に異常はなく全く正常だったという。


生命には時間がある

次は狂牛病を引き起こすプリオンタンパク質をノックアウトしたマウスだ。

プリオンタンパク質の異常は狂牛病を引き起こすので、プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病になると予想されたが、実際には正常だった。

それではということで、今度は遺伝子の1/3を欠損したプリオンタンパク質をプリオンタンパク質ノックアウトマウスにもどしたら、マウスは狂牛病を発症した。

GP2を完全にノックアウトしたマウスはGP2がなくとも正常に生き、遺伝子を部分的に欠損したノックアウトマウスは異常を発症した。

福岡さんはこの現象について、「生命には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」と語る。

GP2ノックアウトマウスは動的平衡のなかで、GP2遺伝子の欠損を見事に埋め合わせたが、あとから遺伝子の欠陥をつくると、生命の動的平衡は失われるのだ。


生物と無生物の境界はまだ解明されていないが、この本を読んで生物と無生物の境界がミステリー仕立てで、なんとなく理解できたような気がする。

科学書を読むと、いつも感じた読後不満足感がない。大学生の息子にも勧めた。小説のように一気に読めるので、是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 15:22│Comments(0) 自然科学 | 福岡伸一