
著者:高橋 洋一
販売元:講談社
発売日:2008-03
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東大の数学科出身で、自称「変人枠」で大蔵省に採用され、資金企画室長時代に異能を生かして、3ヶ月でALM(Asset Liability Management)システムを自力で構築して日銀からの攻勢を一蹴し、一時は大蔵省の「中興の祖」を呼ばれたという高橋洋一さんの財務省、官邸の内実レポート。
この作品で高橋さんは山本七平賞を受賞している。
高橋さんは「霞ヶ関埋蔵金」という特別会計に隠された国の資産の存在を公表したことでも有名だ。この本のサブタイトルにも「官僚すべてを敵にした男」と書いてある。
「さらば○○省!」というと同じ講談社で前例がある。筆者も読んだことがある「さらば外務省!」という本があるが、高橋さんは政府の政策決定に直接携わっていたので、外務省の天木さんの本とはかなり差がある。

著者:天木 直人
販売元:講談社
発売日:2003-10
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この種の内実暴露本は、上記の天木さんの本を含めて後味が悪い本が多いが、高橋さんの本は個人攻撃という面は少なく、霞ヶ関の力学がわかって参考になる。
高橋さんは理系、しかも数学科出身なので、問題を論理的に解いていった。導いた答えを役所はどう思うかを考えずにいた点は、うかつだったと語る。財務省が高橋さんを協調性がないということで、攻撃するのは一面当たっているという。
歌って踊れるエコノミスト
高橋さんが小泉政権の時に政府に重用されていたのは、竹中平蔵さんの引きによるものだ。1982年に大蔵省財政金融研究所に勤務していた時に、日本開発銀行から竹中さんが出向してきており、高橋さんの上司だったという。
大蔵省は東大法学部卒が幅をきかしており、大蔵省の「植民地」の日本開発銀行出身で、一橋大学出身の竹中さんは、完全に格下扱いされていて相当フラストレーションが溜まっていたのではないだろうかと。
高橋さんは違っていたので、すぐにうち解けて、IMFからの出向外人とトリオで、六本木などのライブハウスで盛り上がっていたという。竹中さんは「歌って踊れるエコノミストになろう」と言っていたそうだ。
「英語と会計はよく勉強しておいた方がいいよ」というのは当時の竹中さんのアドバイスである。このブログでも竹中さんの「竹中式マトリクス勉強法」を紹介しているので、参照して欲しい。
竹中さんは映画「千と千尋」に出てくる妖怪カオナシだと高橋さんは評する。カオナシはあたりにあるものすべてを吸い込む。竹中さんも旺盛な吸収力と軽快なフットワークで様々な理論を取り入れ、まとめ上げるという。
「議論するときはみんな同期」
当時の大蔵省は、筋さえ通っていれば議論に上下の関係は持ち込まないという「議論するときはみんな同期」という文化があった。当たり前ではないかという気がするが、年功序列の役所だからこそ、こんなことをルールにしないと議論もできなかったのだろう。
東大法学部卒の役人は数字に弱く、知識や理論は知り合いの学者から仕入れた耳学問なので、上司にたてつく議論ができるほど理解していなかったという。高橋さんが異能を発揮できたわけだ。
日銀マンが答えられない大学入試センター試験問題
高橋さんがトピックとして紹介しているが、2008年度の大学入試センター試験で、次のような中央銀行の政策で最も適当なものを選ぶ問題が出たという。
1.デフレが進んでいる時に通貨供給量を減少させる
2.インフレが進んでいる時に預金準備率を引き下げる
3.不況時に市中銀行から国債を買い入れる
4.好況時に市中銀行に資金を貸す際の金利を引き下げる
正解は3.だが、これには日銀マンは答えられないだろうと。というのは日銀のやっているのは、1.で3.ではないからだ。
国債を買うことは、財務省への屈伏、敗北を意味するので、日銀のエリートとしての矜持がそれを許さないのだ。これは戦前の軍備拡張を日銀が国債買い上げで際限なく引き受け、戦後ハイバーインフレが起こった反省によるものだという。
幻に終わった日銀の大蔵省攻撃三部作
日銀は1998年までは大蔵省の下部機関だったので、日銀生え抜きからすれば、大蔵省に一矢報いたいという気持ちは強かった。
それで国庫金を預かる大蔵省のリスク管理の甘さを衝こうと、経済理論のエースだった深尾光洋さんを中心に3部作の論文を2−3年掛けてまとめ、大蔵省にぶつけようとしていた。
大蔵省出身の日銀理事から、不穏な動きが報告され、大蔵省はなんとかして撃退すべく、リスク管理の必要性を説いていた高橋さんにALM(Asset Liability Management)システム構築の命令が下った。
外注すれば数十億円、2−3年構築にかかるシステムだが、隠密にやれということで、高橋さんが2年前に作っていたシステムの原型を使って3ヶ月でシステムを稼働させた。
日銀が乗り込んできた時に、大蔵省はALMを使って「この数字は違いますね」で逆襲して20分で決着がつき、日銀の3年の努力のたまものの3部作は幻と消えたという。
「今までは竹槍を持ってB29と戦っていたようなものだ。高橋君の開発したシステムはパトリオットミサイルだ」と賞賛され、高橋さんは「大蔵省中興の祖」と呼ばれたという。
大蔵省の権限を手放す財投改革を立案
高橋さんは次に、大蔵省が郵貯や年金積立金など政府系金融機関から預託金として一手に預かっていた財投の改革を橋本内閣で実現した。
これで郵貯は長年の悲願であった大蔵省に頼らない自主運用が可能となり、郵貯関係者からは「郵貯100年の悲願を達成してくれた高橋さん」と感謝されたという。
しかし今まで国債しか運用したことのない郵貯が自主運用を任されると、国営ではやっていけず、経営責任の取れる民営化するしかないことは自明の理で、小泉さんが総理にならなくとも、郵政民営化は実現しただろうと。
プリンストン大学の客員研究員、帰国後「雷鳥」ポスト就任
財投の入り口の郵貯と、出口の特殊法人改革も同時に行い、それらが実現したときに、1998年からプリンストン大学に客員研究員として高橋さんは派遣された。現FRB議長のバーナンキ(Bernanke)プリンストン大学経済学部長やポール・クルーグマン教授、アラン・ブラインダー教授、マイケル・ウッドフォード教授らと親しくなったという。
経済学の泰斗ばかりそろった教授陣は、日銀のゼロ金利解除政策は間違っていると非難していたが、彼らの見方が正しかったことは、デフレ不況解消の道筋すら立っていない現在の状態を見ればわかるという。
プリンストン滞在を1年延ばして貰い、高橋さんは2001年に帰国して、国土交通省の中の大蔵省の出島の特別調整課長を命じられる。国土交通省の予算を削る役割のポストだ。予算が高く飛ばないようにするポストなので「雷鳥」と呼ばれていたという。
秘密のアジトで竹中大臣の懐刀となる
高橋さんが帰国すると竹中さんが経済財政政策担当大臣になっていた。
竹中さんの部下は内閣府。有名な学者が参加する経済財政諮問会議をベースに議論をして政策を練り上げようと楽しみにしていた竹中さんは足をすくわれる。内閣府で竹中つぶしをもくろむ一派が委員を使って、議事をリークさせていたのだ。
御用学者の中には、日当や旅費を二重取りする人や、役人のつくったペーパーを読むだけの先生もいたという。
審議会をコントロールして都合の良い結論を出させるのは、官僚たちのテクニックで、たとえば役所は反対意見を持つメンバーが出られないような日にちに審議会を設定するのだという。また意に反する結論だと、延々と議論させて結論がでなかったと打ち切る。
郵政民営化準備室に
竹中さんの郵政民営化を手伝って欲しいという希望が通り、高橋さんは関東財務局理財部長から経済諮問会議特命室に引っ張られ、晴れて竹中さんのスタッフとなった。前経済財政政策担当大臣の大田弘子さんもメンバーだった。
いよいよ郵政民営化を実現するために郵政民営化準備室が各官庁から人を集めて発足した。高橋さんはこの準備室に前金融庁長官で、現日本郵政会社副社長の高木さんと参加した。
他の省庁から集まったメンバーは郵政反対か無関心だったが、竹中さんの政務秘書官だった経済産業省出身で現慶應大学教授の岸博幸さんが協力してくれたという。
4年近く官僚と戦い続けてきた竹中さんは、役人に関与させると骨抜きにされることを学習していた。だから役人を集めた郵政民営化準備室は実は「座敷牢」で、経済財政諮問会議では竹中チームでつくった民間議員提案を議論して、総理に提出しようというものだった。
諮問会議で唯一反対したのは、その後の麻生前総理の発言でもあるとおり、麻生太郎総務大臣だった。諮問会議の議論は、郵政を管轄する麻生総務大臣と竹中チームとの間で行われた。結局小泉さんが竹中案を100%採用して、竹中チームの勝利となったが、システム構築が間に合わないというクセ球が投げられた。
そこで高橋さんは郵政システムを担当するベンダーの80名のSEと対決して、一つ一つつぶし、機能をそぎ落として1年半で完成ということまでこぎ着けたという。
郵政民営化反対の官僚は、特殊会社経由の民営化を画策していた。これなら、政権が変われば法律を改正して、郵政民営化をやめることができる。高橋さんは、このことを竹中さんに進言し、民営化したら直ちに商法会社にすることを小泉総理が指示した。
そこで2005年8月の郵政民営化選挙の大勝を受けて郵政民営化が実現し、システムは2007年10月から稼働した。
郵政改革の次は政策金融機関改革
政府系の政策金融機関8機関の整理は財務省と経産省の逆鱗に触れた。ある財務省高官は「高橋は三回殺しても殺したりない」と言ったという。いままで財務省の事務次官の天下り先だった国際協力銀行と日本政策投資銀行を整理してしまったからだ。
中川昭一経済産業大臣と、谷垣禎一財務大臣が霞ヶ関の意向を代弁して、政府系金融機関は必要だという論陣を張ったが、小泉総理は内閣改造で反対派を退けた。しかし竹中さんの後任に与謝野馨さんを持ってきたことから、経済諮問会議は頓挫して、霞ヶ関派がコントロールする方向になった。
一方自民党の中川秀直政調会長が政策金融機関改革を支持してくれたので、財投改革案は自民党案として再浮上した。
小泉総理は元々大蔵族なので、飯島勲筆頭秘書官と財務省からの秘書官を使って財務省とのパイプを保って郵政民営化を進めた。他方霞ヶ関の改革は竹中さんにやらせた。巧みな二元コントロールだという。
竹中さんや中川秀直さんは「上げ潮派」で、経済成長率を上げることによって税収を増やし、歳出カットで財政再建を目指す。これに対する谷垣さんとか与謝野さんの「財政タカ派」はまず増税ありきで、財政さえ立ち直れば国民経済は多少がたついても良いという考えだ。
ふるさと納税も高橋さんが発案者の一人だという。ふるさと納税は、「税額控除方式による寄付」に他ならず、「家計が主計官」というのは中川秀直元幹事長の言葉だ。これに財務省は反発したという。
霞ヶ関埋蔵金
2007年秋中川秀直元幹事長が、「国民に還元すべき埋蔵金がある」と発言、これに谷垣、与謝野大臣が反論したが、これ以降自民党の最大派閥である清和政策研究会が埋蔵金を財政健全化に使うべきと主張し、3度目のパワーシフトが起きた。
2008年になって財務省はあっさり埋蔵金を認め、財政融資資金特別会計から10兆円を取り崩すと発表した。「モンテカルロシミュレーションしたら、リスクを減らしても大丈夫なことがわかった」と言ったという。
埋蔵金については塩川正十郎元財務相が、「母屋でがお粥で辛抱しているのに、離れではスキヤキを食べている」と発言して注目されている。
年金は破綻寸前だが、おおかたの特別会計で超過積立金があり、総額は50兆円を超えるという。最大のものは、財政融資資金特別会計で27兆円、次に外国為替資金特別会計が17兆円ある。これに続くのが国土交通省の道路特別会計の6兆円だ。
他に独立行政法人の整理で20兆円くらい整理益が出る可能性がある。2005年に初めてつくられた国のバランスシートは隠し資産を明るみに出す結果となったのだ。
日本は財政危機ではない
日本は834兆円もの債務を抱えており、これはGDPの160%にも上る危機的数字だという財務省の増税やむなしの論調があるが、834兆円はグロスの債務であり、これから政府が持つ莫大な金融資産を差し引くとネットの債務は300兆円まで減る。
この論法は財務省が米国の格付け会社に送った意見書にも述べられており、財務省の国内向けのアナウンスと海外向けのアナウンスとは全く異なっている。
高橋さんは名目成長率が上がれば、景気も良くなり、税収もアップする。改革で支出を減らし、財政再建は可能だと結論づける。世界の学者が驚くデフレの時に通貨供給量を減らすという日銀の愚かな金融政策が日本経済の名目成長率を引き下げ、現在の状態に追い込んでいるという。
猪瀬直樹さんに協力して道路公団債務超過のウソを暴く
高橋さんは、「日本国の研究」のデータチェックを手伝った時から猪瀬さんと知り合いで、道路公団の資産査定で協力した。

著者:猪瀬 直樹
販売元:文藝春秋
発売日:2002-05
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道路公団は民営化をやめさせるべく6兆円から7兆円の債務超過という情報を流していたが、これには将来の補助金と高速道路収入債権が入っておらず、この債権を入れると少なく見積もっても2−3兆円の資産超過となったという。
安倍内閣の官邸特命室に
高橋さんは安倍内閣の官邸特命室に任命され、公務員制度改革案を大田経済財政政策担当大臣の主管する経済財政諮問会議に提出した。安倍内閣のほとんどの大臣が各省庁を代表して反対する中で、新任の渡辺喜美行革担当大臣が高橋さんを呼び出して支持を表明したという。
官僚はマスコミに渡辺大臣と異なる方針をリークしたが、渡辺大臣は官僚を一喝したという。安倍総理も事務次官等会議を経ないで閣議に提案した。
これに対抗し、官僚は経済財政諮問会議委員で政府税調会長の本間正明教授のスキャンダルを報道し、議事を混乱させようとしたという。本間教授は竹中大臣の財政金融研究所時代からの友人だ。
消えた年金
社会保険庁の5000万件のでたらめなデータがあるのは以前から分かっていたという。高橋さんは1990年ころに、厚生年金基金の欠陥を指摘する論文を経済週刊誌に発表しようとしたら、厚生労働省が雑誌を傘下の厚生年金基金に購読させないと圧力を掛けてきたという。
小泉政権の中枢の竹中大臣の懐刀として構造改革に取り組んだ六年半は、コンテンツクリエーター冥利につきる年月だったという。
財務省には感謝していると高橋さんは語る。
高橋さんは昨年銭湯で腕時計などを盗んだとして、窃盗の現行犯で逮捕され、不起訴にはなっているが、スキャンダルを起こしている。人物的にはやや暗い感じがあるが、さすが山本七平賞を受賞した作品だけに面白く、読んでためになる。
是非一読をおすすめする。
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