2020年06月15日

PCR発明者 マリス博士の自伝的エッセイ集

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)
キャリー・マリス
早川書房
2004-04-09


福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」のあらすじで簡単に紹介したPCR検査の発明者、キャリー・マリス博士の本。

マリス博士は1993年にPCR=ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の発明で、ノーベル化学賞を受賞している。

コロナウイルスが世界的に蔓延している現在、全世界で唯一のウイルス検査方法となっているPCR検査の発明者として、存命であれば、世界のメディアの引っ張りだこになっていたはずだが、残念なことに2019年8月に74歳で亡くなっている。

この本では、PCRの発明のアイデアがドライブ中にひらめいたことや、マリス博士が大学院生の時に書いたヨタ論文が「ネイチャー」に採用され、逆に大人になって発表したPCRに関する論文は「ネイチャー」にも「サイエンス」にも拒否されたことなどの真面目な話題とともに、変人と言われるマリス博士ならではの「未知との遭遇=Close Encounter」やLSD、マリファナ体験などの告白も含まれていて、良い意味でも悪い意味でもあきれてしまう。

大体の内容がわかると思うので、目次を紹介しておく。

1.デートの途中でひらめいた!
2.ノーベル賞をとる
3.実験室は私の遊び場
4.O.J.シンプソン裁判に巻き込まれる
5.等身大の科学を
6.テレパシーの使い方
7.私のLSD体験
8.私の超常体験
9.アボガドロ数なんていらない
10.初の論文が「ネイチャー」に載る
11.科学をかたる人々
12.恐怖の毒グモとの戦い
13.未知との遭遇
14.1万日めの誕生日
15.私は山羊座
16.健康狂騒曲
17.クスリが開く明るい未来
18.エイズの真相
19.マリス博士の講演を阻止せよ
20.人間機械論
21.私はプロの科学者
22.不安症の時代に

PCRの発明につながったアイデアは、次の通りだ。科学用語が入るので、詳しくは埋め込んだウィキペディアの解説を参照して欲しい。

まず短いオリゴヌクレオチドを合成する。オリゴヌクレオチドは、同じDNA配列、あるいは少しだけ違っていても似ているDNA配列があると、そこにぴったりと結合する。ヒトゲノムは30億ヌクレオチドから構成されているので、長いDNA鎖の中には、この様な場所が1,000くらいあってもおかしくない。

しかし、このままでは、選び出された1,000カ所が全部同じDNA配列とは限らないので、候補を選び出した上で、二つ目のオリゴヌクレオチドを使って、最初のオリゴヌクレオチドが結合する場所の下流に二つ目のオリゴヌクレオチドが結合するように設計する。

後は、DNAが自分自身をコピーする能力を利用して、選ばれた部分のDNA配列のコピーを何度も何度も作るのだ、30回繰り返せば十億倍となり、少量のDNAからもDNA検査が可能となるだけの量に増やすことができるのだ。

反応の温度とか、DNA分子と反応するために必要な酵素分子の数なども重要だ。マリス博士は、酵素分子のことを気づかずに、当初は良い結果が得られなかったことも書いている。

PCRはDNA鑑定にも利用されるので、O.J.シンプソン裁判に呼ばれたのは、そのためだ。



O.J.シンプソンの名前は今や日本ではあまり知られていないが、1970年代のアメリカンフットボールの伝説のランニングバックで、元妻を殺害した容疑で裁判にかけられていた。

マリス博士は、大学などの教育機関とは無縁の人で、管理能力はゼロだが、上記の目次の21にある様に、自分はプロの科学者というプライドを持っており、自分が納得できない限り、通説は受け入れない。

ドナルド・トランプ大統領の様に、地球温暖化は根拠がないとして信用しないし、エイズHIVウイルス原因説は、いまだに証明されていないとして、グラクソ社の看板薬である「AZT」は治療薬として無意味であり、患者に害があると言っている(このHIVウイルス否定説は最近では支持者がいないようだ)。

そのマリス博士に、グラクソ社が何を間違ったのか講演を依頼してきて、あわててすぐにキャンセルして、6千ドルもの違約金を支払ったことがこの本で紹介されている。

ウィキペディアの写真でも感じられる通り、子どものころからいたずら好きで、爆発事故を何度も起こした悪ガキがそのまま成長したという感じだ。

日本語のタイトルは「奇想天外な」となっているが、原題は"Dancing naked in the mind field"となっており、福岡さんも指摘されている通り、"mind”と"mined"(地雷が埋められた)を両方ひっかけているのだと思う。あちこちで事件を起こしながらも、素のままで、あばれまくっている元悪ガキのノーベル賞受賞者のエッセイだ。

ちょっとした思い付きが、ノーベル賞につながり、巨万の富も生んだ。天才科学者というよりは、ラッキーな科学者というべきだと思うが、発明はそういったラッキーな面ももちろんある。

PCRの発明は人類の進歩に貢献したことは間違いない。コロナウイルス禍で自宅で過ごす時間が増えた現在、一度読んでみる価値のあるPCR発明者の本だ。

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Posted by yaori at 17:15│Comments(0) 自叙伝・人物伝 | 福岡伸一