このブログでも「生命と無生命のあいだ」などの著書を紹介している青山学院大学教授であり、ベストセラー作家でもある福岡伸一さんが「文春砲」で有名な週刊文春に連載している「福岡ハカセのパンタレイ パングロス」を加筆修正したコラム集。
「パンタレイ」とは、哲学者ヘラクレイトスの「万物は流転する」という意味のギリシャ語で、福岡教授の「動的平衡」という理論を現したものだ。
一方、「パングロス」は、フランスの作家ヴォルテールの小説「カンディード、あるいは楽天主義説」の登場人物で、「天の采配説」ともいうべき、すべては宇宙の偉大なる設計者によってあらかじめ計画・配材されているという予定調和説を現したものだ。
それぞれ相反する主義主張だが、それをバランスを取る意味で並べているのだと。
元々週刊誌のコラムだったので、1テーマにつき、それぞれ3ページほどで簡単に読める。
福岡教授は、専門の生物学以外にも、昆虫オタク、フェルメール大好き人間などの顔を持ち、幅広い交流関係からの話題もあり楽しめる。
ちなみにタイトルとなっている「ツチハンミョウのギャンブル」も3ページほどのコラムだ。
ファーブルも「昆虫記」で取り上げているツチハンミョウは、昆虫としては珍しく4,000個もの卵を産むが、その中から運よくヒメハナバチに乗り移れた個体のみが生き延びる。
この本の表紙絵を描いた舘野鴻さんが、やはり昆虫オタクで、「つちはんみょう」という科学絵本を出版している。
参考になった話を、いくつか紹介しておく。
マリーゴールド作戦
福岡教授が三浦半島に行った時に、ダイコン畑の畝にマリーゴールドが植えられていた。しかし、そのマリーゴールドは、花が咲く前に抜いてしまうという。これはダイコンの害虫・線虫をマリーゴールドの根のにおいでおびき寄せ、侵入した線虫を根に閉じ込めて死滅させる。これによってダイコン畑の線虫を大幅に減らして、きれいなダイコンができるのだと。農薬を使わず、生物学的天敵を使うことで、有機的でクリーンな防御が可能となるのだ。
Tip of the tongue
日本語の「のどまで出てきているのに思い出せない」という表現のこと。知らなかったが、いかにもそれらしい。
ベルの実験
電話の発明者のグラハム・ベルではなく、世界的バイオリニストのジョシュア・ベルが、ワシントン・ポスト紙と一緒に、ラッシュアワーの地下鉄の構内で、ストリートミュージシャンを装って、最高の演奏家が最高の楽器(ストラディバリウス)を使って演奏すると、どうなるかという実験をした。
その有様がダイジェスト版でYouTubeにアップされている。
数千人が通り過ぎて、ジョシュア・ベルに気が付いた人は一人だけだった。投げ銭もたった32ドルだったという。この実験をレポートしたワシントン・ポストの記者は、ピューリッツアー賞を受賞している。
すい臓の中のマリメッコ
福岡教授は、すい臓の顕微鏡写真を紹介する時に、「マリメッコみたいでしょう」と説明するそうだ。

出典:中外製薬HP
上記の写真の出典の中外製薬のすい臓の説明が分かりやすいので、参照して欲しい。
すい臓は、身体の臓器の中で、最も大量のタンパク質、つまり消化酵素を生み出す。すい臓のもう一つの役割は、血糖値を抑えるインスリンを分泌することだ。しかし、インスリンをつくる細胞はほんの数パーセント以下だという。
炭水化物を分解してブドウ糖にするアミラーゼ、タンパク質を分解してアミノ酸にするプロテアーゼ、脂質を脂肪酸とグリセリンに分解するリパーゼ、核酸を分解して、ヌクレオチドにするDNアーゼ、RNアーゼなどだ。
これがすい臓から消化器に向けて滝の様に流れ出てきて、食べた物に混じり合い、ズタズタに分解する。消化は食物という高分子化合物を、低分子化合物に変えるプロセスだ。
食物はもともと、植物なり動物なりの身体の一部だったので、外部情報がそのまま体内に入ってくると免疫反応が起きてしまう。だから、いったん情報を解体する。それが消化の役割だ。
しかし、膵炎やすい臓ガンになると、すい臓の細胞が破れて、消化酵素が漏れ出てしまい、自分自身を消化し始めてしまう。だから、膵炎は激痛を伴う上に、大変厄介な疾患となる。
話は変わるが、筆者と一緒にラグビーをやった同期の友人が、すい臓ガンで亡くなった。
最近亡くなったラグビーの仲間は、どういうわけか、すい臓ガンか平尾誠二さんの様に胆管ガンで亡くなっている。スティーブ・ジョブスも、すい臓がんで亡くなった。すい臓ガンと胆管ガンは、最も致死率が高いガンだ。
福岡教授が研究修行をしていたニューヨークのロックフェラー大学は、伝統的にすい臓研究が盛んで、福岡教授の大ボス、ボスの兄弟弟子などがノーベル賞を受賞しているという。ぜひ、すい臓ガンの治療薬を開発して欲しいものだ。
参考になれば、次を応援クリックしていただければ、ありがたい。

書評・レビューランキング