2020年06月25日

生涯投資家 村上ファンドの村上世彰さんの「最初で最後の告白」?

生涯投資家 (文春文庫)
村上 世彰
文藝春秋
2019-12-05


<今回のあらすじは長いです>

村上ファンドで、東京スタイル、ニッポン放送、フジテレビ・ライブドア事件、阪神鉄道などで、「もの言う投資家」として有名になったが、2006年インサイダー取引で逮捕、有罪となったことから、現在はシンガポールに住んで、自らの資金のみでアジアの不動産などの投資を行っているという村上世彰(よしあき)さんの本。

シンガポールには相続税がない。その対策もあって、シンガポールに居を移したのだろうと思う。

本の帯に「最初で最後の告白」となっている。

実は、最近全くの別件で、村上さんの村上財団などの援助で、東大、慶応大学、阪大、京大等でコロナウイルスの大規模かつ精密な抗体検査のネットワークが出てきているのを知り、中田敦彦さんのYouTube大学でも、以前取り上げられていたので読んでみた。



ちなみに、村上財団が支援しているコロナウイルスの精密抗体検査については、プロジェクトリーダーの東大の児玉龍彦名誉教授が出演している次のビデオが参考になる。



村上さんは台湾人の投資家のお父さんを持ち、お父さんと一緒に旅をすることで、小さいころから投資家として経験を積んできた。小学校3年生の時に、大学入学までのお小遣いとして、100万円もらい、すぐにお父さんの愛飲するサッポロビールの株を50万円買ったのが株式投資の始まりだ。

この本で、お父さんに連れられてアメリカザリガニの養殖をしている投資家と一緒に会食し、ザリガニは苦手だったと書いている。筆者はニューオーリンズのザリガニ料理(大きなロブスターではなく、こぶりのアメリカザリガニそのもの)は好きだが、当時の村上さんにはおいしくなかったという。

灘中ー灘高ー東大法学部と進学し、大学卒業後はお父さんの後を継いで投資家になろうと思ったら、お父さんから「国家というものを勉強するために、ぜひ官僚になれ」と言われ、当時の通産省に16年間務めた後、1999年に通産省をやめて、オリックスと共同でM&Aコンサルティングという投資コンサル会社を立上げ、それからファンドビジネスに展開した。

村上さんは数字に強く、通産省時代に経営者に会うときには、その会社の財務諸表を読み込んでから会っていた。しかし、その会社の財務状況をちゃんと把握している経営者は多くなかったことに驚いたという。

今では当たり前の「会社は株主のもの。経営者は株主から経営を委託されているにすぎない」という考えは、何を言っているんだと日本では全く通用しなかった。

米国では1980年代から、株主が経営者を監視するという「コーポレートガバナンス」の考えが広まり、会社を私物化していた経営者が株主によって追われるという事例も起こった。それが、1988年の投資会社KKRによるRJRナビスコのLBO(買収した会社の資産・キャシュフローを担保にして買収資金を調達する手法)だ。この案件は、「野蛮な来訪者」という本になっている。




筆者も当時米国に駐在していたので、MBO(経営陣による会社買収)、LBOが盛んにおこなわれていたことを思い出す。

RJRナビスコの社長は、社用ジェット機を10数機、会社の金を使って社外取締役まで手なずけていて、完全に会社を私物化していたという。

村上さんは、日本でも「コーポレートガバナンス」が徹底されるべきだという信念と、すごい資産や内部留保がありながら、株価が低迷しているお買い得の会社がゴロゴロあるという日本の現実を見て、大きく儲けるチャンスだと考えて、会社を立ち上げた。

この本では、村上さんが多くの財界人や著名人と知り合いなことが、散りばめられている。投資には情報が最重要なので、情報を入手するための人脈が不可欠なのだ。

いくつか紹介すると、お父さんの代から家族ぐるみのつきあいだというシンガポールで2番目に大きい豊隆財閥(ホンリョングループ)郭令明さん、(百度のネット辞典で中国語サイト)、KKRのパートナーのクラビス氏、アクティビストファンドのLENSファンドを率いるロバート・モンクス氏、人材派遣会社ザ・アールの奥谷禮子会長、オリックスの宮内義彦会長(村上さんが設立したM&Aコンサルティングに出資してくれた)、福井俊彦元日銀総裁(あとで村上さんのインサイダー事件の際に、村上ファンドに投資していたことが国会で問題となった)などだ。

これらの人から、さらに三井住友銀行の西川善文頭取、日本マクドナルドの藤田田社長、セゾングループの堤清二さん、リクルート創業者の江副さん、小泉純一郎元首相等々、どんどん芋づる式に人脈は広がる。もちろん、仲が悪くなった例もある。イトーヨーカ堂の伊藤雅俊会長には、東京スタイルにTOBを仕掛けた件で、激怒されたことがあるという。

小池百合子都知事(通産省時代に外務省に出向してエジプト関係のイベントをやったときに、カイロの和食レストラン「なにわ」のオーナーから、娘がアナウンサーをやっているということで紹介された)や、期待している経営者としてLIXILの瀬戸欣也社長が紹介されている。

このブログで紹介したITベンチャー企業の創業者たちとも村上さんは親しい。2000年にITバブルがはじけた後、ITベンチャーの株が割安になったので村上ファンドで買ったのだと。

いまは懐かしいクレイフィッシュ(NASDAQと東証マザーズ同時上場した)の松島さんサイバーエージェントの藤田さん(藤田さんとは同じマンションの隣人になったという)、USENの宇野さん楽天の三木谷さん、GMOの熊谷さん、そしてホリエモンだ。

村上さんが、彼らをどのように見ていたのかがわかる。

村上さんが、会社経営で最も重視する指標がROE(当期純利益/純資産)だ。日本の古い経営者は、会社を自分の家計と勘違いしており、借金を嫌い、現金に余裕があれば安心する。そんな余剰資金を、会社経営の血液として循環させるためにROEを重視するルールができたのだと。

アベノミクスでも、第3の矢の成長戦略として、一橋大学の伊藤邦雄教授を座長にした「伊藤レポート」で、「8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである」としている。

米国の株式市場が成長し続け、日本よりはるかに高い価値を保っているのは、物言う株主がいて、株主の利益を守るコーポレートガバナンスが機能する環境を築いてきたからであり、だから日本企業のPBRは平均で1だが、米国企業のPBRは平均3なのだと。

次はこの本に載っている米国と日本の上場企業時価総額比較の表だ。バブルの頃の一時期には日本が上回ったが、それを除いて、1995年頃までは日本と米国の株式市場の規模はほぼ同じだったが、現在日本は500兆円しかないのに、米国は2000兆円以上ある。

日米時価総額推移 (2)





















出典:本書200P

ほぼ同じレベルの純資産を保有しながら、株価に3〜4倍もの差がでるのは、投資家の「期待値の差」であり、投資家への「リターンの差」を意味すると村上さんは語る。端的な例が、米国企業の総株主還元比率が90%を超えているのに対して、日本では50%前後にとどまっている。

過去35年のダウ平均株価の推移と、日経平均株価の推移を見ると、日本はバブルのピークをいまだに超えられないのに、米国株価はリーマンショックの時期を除いて順調に右肩上がりとなっている。

ダウ平均株価推移過去35年












日経平均株価推移過去35年












出典:三菱UFJモルガン・スタンレー証券

世界の投資家が指標として最も重視しているのがROEだが、日本ではROE中心の経営が行われてこず、成長性や投資家へのリターンよりも、財務の健全性が指標として重視されてきたことが影響している。

企業と投資家がWin-Winの関係ができている例として、Appleとマイクロソフトを紹介している。

Appleの2012年度と2016年度のバランスシート

AppleBS (2)






















出典:本書211ページ

Appleは2012年度まではほとんど借入金がなかった。しかし、利益剰余金として資金をため込んでいたAppleに対して、投資家たちから還元の強い圧力がかかった。

無借金だったAppleは社債発行や借入によって、レベレッジを効かせ、株主への超積極的な還元プログラムを導入し、4年で総資産は倍になっているが、純資産はほとんど増えていない。

超積極的な株主還元プログラムの結果、Appleの株価はPBR6倍、PER18倍程度の高い水準となっている。

マイクロソフトの2004年度と2016年度のバランスシート

MSBS (2)






















出典:本書213ページ

マイクロソフトは稼いだ金を事業拡大投資に使い、1975年に創業した後、初めて配当を払ったのは2003年だった。2004年から大規模な株主還元計画を発表し、負債・借入金を増やして総資産を12年間で倍以上にしているが、純資産は減少して、適度なレバレッジが効いた状態になっている。マイクロソフトの株価も右肩上がりだ。

投資家は、投資先から資金が戻ってきた場合、必ず次の投資先を探す。日本の上場企業の様に、何も生み出さないまま資金を寝かせてしまうと、そのまま塩漬けになり、成長のために積極的に資金を必要としている企業へ回っていかない。そして市場は停滞し、経済全体が沈滞してしまうのだと。

米国のS&P500企業の数値で見ると、傾向として毎年ほぼ利益の全部を株主還元に回し、新規の事業への投資は借入によって賄っている(米国には内部留保課税もある)。適度なレバレッジを掛け、自己資本を減らせば自社のROE向上のみならず、銀行に眠っている日本国民の巨額の資金も有効に利用されるというマクロの効果もある。

日米の株式に対する投資家の評価の差は、投資家と企業との間で「資金のキャッチボール」ができているかどうかの差だという。それはまさに、コーポレートガバナンスへの理解と対応の違いだと村上さんは語っている。

日本企業の良い例として村上さんが挙げているのはソフトバンクだ。日本一の借金企業だが、株主価値向上のため、自社株買いにも積極的だ。

Ulletという会社のサイトに、ソフトバンクの過去5年間のバランスシートが掲載されていて参考になる。これによると、過去5年間で、ソフトバンクは総資産をほぼ倍増させており、株価はほぼ5割アップしている。

この本では、村上さん自身がインサイダー取引で有罪となったニッポン放送株大量購入と、ホリエモンのライブドアによるニッポン放送(小さなニッポン放送が、大きなフジテレビの親会社だった)を踏み台としたフジテレビの経営権をめぐる争いについても、村上さん側のストーリーを書いている。

この事件は中田敦彦さんの YouTube大学で詳しく取り上げられているので、こちらを参照願いたい。





村上さんは、阪神鉄道を中心とした関西の私鉄大再編、阪神タイガース上場などのプランを持って、阪神鉄道などと交渉していた時に、インサイダーで逮捕された。長年の阪神ファンの村上さんは、当時阪神のシニアディレクターだった星野仙一さんと会ったあと、星野さんが「いずれ天罰が下る」とメディアに語ったことがショックだったという。

インサイダー裁判は最高裁までいって、罰金300万円、追徴金約11億5千万円、懲役2年、執行猶予3年で有罪が確定した。一審の裁判官には「ファンドなのだから、『安ければ買うし、高ければ売るのが当たり前』と言うが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」と言われたという。

村上さんは、いまもってインサイダーにあたるものだったかどうか違和感が残ると語っている。

この本の最後に、現在取り組んでいる各種の慈善活動、村上財団ピースウィンズジャパンや不動産投資、飲食業、介護事業などについて紹介している。

中田さんは、池上彰さんの「日本の戦後を知るための12人」に、村上さんが取り上げられていることも紹介しており、池上さんは、村上さんの自己弁護色が強いと語っているそうだ。




たしかに自己弁護の本かもしれないが、村上さんがコーポレートガバナンスについて言っていることは正しいと思う。ただ、あまりに金を儲けすぎたので、池上さんがいう「けしからん罪」の司法も含め、日本ではありがちな、金を儲ける人へのやっかみ半分の攻撃に、脇が甘かったところを付け込まれ、足をすくわれたというところかもしれない。

あらすじが長くなってしまったが、インサイダートレーディングで有罪となった「村上ファンド」の自己弁護本という色眼鏡で見ず、華僑にもネットワークを持つ稀代の日本人投資家の本として読むと大変参考になる本である。

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Posted by yaori at 17:07│Comments(0) 中田敦彦 | 投資