2013年05月24日

エネルギー論争の盲点 エネルギーを考える上で必要な基礎知識

エネルギー論争の盲点―天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書 356)エネルギー論争の盲点―天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書 356)
著者:石井 彰
NHK出版(2011-07-07)
販売元:Amazon.co.jp

日経新聞記者を経て、石油公団で資源開発に携わった石井彰さんの本。石井さんは、現在はエネルギー・環境問題研究所所長で、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)特別顧問となっている。

サブタイトルにあるように天然ガス活用と、コジェネレーションや燃料電池を含めたエネルギー源の分散を提唱している。

アマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、まずはここをクリックして目次を見てほしい。章や節のタイトルだけでなく、セクションの題も載っているすぐれた目次である。目次だけ見ても本の概要が大体わかるだろう。

…と書いたら、いつの間にか「なか見!検索」では目次は表示されなくなった。残念だ。

章と節のタイトルだけ次に記しておく。

第1章  エネルギー問題がなぜ重要なのか
 第1節 エネルギーとは何か
 第2節 エネルギーは人命を守る
 第3節 エネルギーがつくった文明史
 
第2章  技術革新の陰に化石燃料あり
 第1節 化石燃料はなぜ近代化を促したのか
 第2節 石油はなぜチャンピオンになったのか
 第3節 エントロピーから考えるエネルギーと文明の関係

第3章  虚飾にまみれたエネルギー論争
 第1節 エネルギー論争のウソ
 第2節 コストで比較する原子力と再生可能エネルギー
 第3節 二元論者の奇妙な相似

第4章  知られざる天然ガスの実力
 第1節 「天然ガス後進国」ニッポン
 第2節 葬られたガス・パイプライン計画
 第3節 国際的にすすむ天然ガス革命

第5章  21世紀型の省エネとエネルギー安全保障
 第1節 省エネの盲点
 第2節 コジェネレーションの可能性
 第3節 原子力代替は天然ガス+再生可能エネルギーで
 第4節 エネルギーの安全保障

参考になったポイントを紹介しておく。

★巨大な黒部第4ダムでも発電量はガス火力発電所の半分しかない。
映画「黒部の太陽」の舞台となった巨大な黒部第4ダムでも最大出力は33万KWで、天然ガス火力発電所の1系列よりも小さい。


福島第一原子力発電所の能力は1〜6号機合計で約500万KWあった。原子力発電所や火力発電所のなかには、1か所で1000万KWくらいの出力があるものもあるので、水力発電の比率は今後とも低下していくだろう。

ちなみに三井物産が最近発表したブラジルの流れ込み式水力発電所は、完成時には375万KWの能力だ。建設コストは8,000億円と言われている。

★「石油はもうすぐ枯渇する」のウソ
1970年代には「石油はあと30年で枯渇する」という議論が一世を風靡した。筆者も学生の時にローマクラブの「成長の限界」を読んだ。

成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート
著者:ドネラ H.メドウズ
ダイヤモンド社(1972-05)
販売元:Amazon.co.jp

今は、現在の生産量と価格であれば、100年位くらいは生産可能な資源が存在していると言われている。

天然ガスについては、シェールガス革命もあり、現在の生産量でもあと400年は生産可能だ。石炭についても数百年分の生産が可能な資源がある。

★省エネ家電はエネルギー問題の解決にはならない
日本の全エネルギーのうち、電力の占める割合は25%程度だ。そして家庭で直接使用する電力は全電力消費の3割以下。だから家庭で使用する電力は日本の全エネルギーの1割程度だ。

省エネ家電はエネルギー節約にはなるが、これがエネルギー問題を解決することにはならない。

★CO2排出量では発電方式も要チェック
同一エネルギー出力に対するCO2排出量だと次のような順番となっている。

石炭>石油>天然ガス>天然ガス・コンバインドサイクル

コンバインドサイクル発電とは、まず化石燃料でガスタービンを回して発電し、発生した高温の排気をボイラーで蒸気タービンに送ってもう一度発電するものだ。

★太陽光発電の能力と稼働率のギャップは大きい
日本では、太陽光発電はカタログ発電能力のせいぜい11〜12%くらいしか発電できない。日照時間が足りないからだ。砂漠でも昼間や好天の日しか発電できないので、稼働率は20%程度だという。

大規模太陽光発電所の発電能力が何千世帯とかいっているのは、ほとんどの場合「夏至の日の快晴の場合の瞬間最大発電能力」にすぎないという。

★新規発電所の電源別コスト比較
次がこの本で引用されている米国エネルギー省エネルギー情報局の2009年のエネルギー白書の資料だ。

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出典:本書123ページ

エネルギー情報局はエネルギー省傘下ではあるが、エネルギー長官の指示は受けないことになっている独立の機関だ。

★ドイツの太陽光発電は発電全体の1〜2%
ドイツの発電の16%は再生可能エネルギーとなっているが、2割は水力発電、風力が4割、バイオマスが3割で、太陽光発電は1割以下だ。

ドイツの場合、フランスから電力を輸入できるので、自国の原子力発電をなくしても、EU全体の原子力発電依存度はあまり変わらない。フランスの電力は大半が原子力発電だからだ。

★カリフォルニアのモハベ砂漠の世界最大のメガ・ソーラー発電所の発電能力は10万KW
カリフォルニアのモハベ砂漠で計画されている世界最大のメガ・ソーラー発電所の最大出力は40万KWとされているが、砂漠であっても太陽光発電の稼働率は2割程度なので、実質的には10万KWの発電能力しかない。

これは通常の天然ガスコンバインドサイクル発電機1系列の1/4の発電能力だ。おまけに、砂漠から需要地までの送電ロスが大きく、仮に3,000キロとすると、使用可能電力は半分となってしまう。

★ヒトラーの対ソ開戦は、合成石油増産不調が原因
このブログの「大気を変える錬金術」のあらすじでも紹介したナチスドイツの合成石油生産のことが、この本でも紹介されている。

大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀
著者:トーマス・ヘイガー
みすず書房(2010-05-21)
販売元:Amazon.co.jp

ヒトラーは原油生産コストの5倍から10倍のコストをかけて、IGファルベンのロイナ工場などで合成石油を生産させていたが、大増産計画目標は達成できなかった。

1939年9月のドイツのポーランド侵攻を見て、ソ連は1939年11月末にフィンランドを占領すべく攻め入ったが、小国のフィンランドを屈服させることができなかった。

翌1940年3月に停戦してフィンランド領土を10%のみ獲得することにとどまった(冬戦争)。このフィンランド戦争でのソ連軍の弱体ぶりを見て、ヒトラーは対ソ開戦を決め、ソ連の石油を確保しようとしたのだという。

フィンランド防衛戦で活躍したのが、500人以上を狙撃したという「白い死神」と呼ばれた天才狙撃手シモ・ヘイヘだ。シモ・ヘイヘについては、次の本を最近読んだ。

白い死神白い死神
著者:ペトリ サルヤネン
アルファポリス(2012-03)
販売元:Amazon.co.jp

フィンランドは、1941年6月に独ソ戦が開始した後、枢軸国側についてソ連との戦争を再開し、一時は冬戦争で奪われた領土を奪還した。継続戦争は1944年まで続いた(継続戦争)。しかし、奪われた領土は、結局再度ソ連に取り戻されるという結果となった。

★日本のガスは元々石炭から製造していた
ガスのことが「天然ガス」と呼ばれるのは、日本のガスは元々石炭から製造していたからだ。天然ガスは無色無臭で、都市ガス用に供給するときは、においをつけておく。

日本の都市ガス配給網は国土面積でわずか5%で、それ以外はプロパンガス等である。天然ガスを液化させるには、マイナス162度という超低温が必要だが、プロパンガスは圧力を加えれば、常温でも液化する。

だから一般家庭用などは、ブタンガスと炭素成分の多いプロパンガスをまぜてLPGとして広く流通しているのだ。

★日本の一次エネルギーに占める天然ガスの比率は15%と低
ドイツなどEU諸国は25%、英国やイタリアは40%、米国も25%、ロシアでは50%だという。

ロシアのエネルギーバランス
energy balance Russia





日本のエネルギーバランス
energy balance Japan





世界のエネルギーバランス
energy balance world







★サハリンガス・パイプライン計画は電力会社の反対で葬られた
サハリンから需要地の日本までは2,000キロと近く、パイプラインが経済的に建設できる距離だ。

しかし日本の電力会社はLNGによる輸出に固執して、サハリン・ガスパイプライン計画を葬った。

将来電力自由化になると、パイプラインの途中で多くの自家発電所や独立発電所が建設され、自らの競争力が脅かされることを恐れたからだ。

こういった政治的な事情のない中国や韓国ではすでにガスパイプラインによりガスを輸入したり、国内に流通させている。

★廃熱を利用するコジェネレーション
森ビルの六本木ヒルズは、東京ガスとの合弁で地下に4万KWのコジェネの自家発電を持っており、ビルで消費する電気と冷暖房の熱をすべてまかなっている。

東日本大震災の時は、東電にも余剰電力を販売した。このような廃熱を利用できるコジェネのエネルギー利用効率は90%と極めて高い。

★家庭用燃料電池
都市ガスを原料とする家庭用燃料電池も発電効率が40%前後と高い。「エネ・ファーム」の商品名で販売され、補助金ももらえる。




石井さんは、チャーチルの言葉を引用して「供給安全保障の要諦は、一に多様化、二に多様化、三に多様化」だと結論づけている。この言葉は、第一次世界大戦前に海軍大臣となったチャーチルが、軍艦の燃料を石炭から石油への転換を推進した時のものだ。

最後に次のようなスマート・コミュニティの概念図を紹介している。

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出典:本書205ページ

エネルギー全体については、あらすじをまだ紹介していないがダニエル・ヤーギンの「探究」が良くまとまっている。

探求――エネルギーの世紀(上)探求――エネルギーの世紀(上)
著者:ダニエル・ヤーギン
日本経済新聞出版社(2012-04-03)
販売元:Amazon.co.jp

ヤーギンの本はそれぞれのエネルギーの歴史まで詳述した上・下900ページの大作だ。

石井さんの本は新書でも必要なポイントを抑え、よくまとまっている。

人類が動物との生存競争に打ち勝ったのは、加熱調理のためだと石井さんは語る。

さらに農業革命と産業革命でエネルギーを自由に利用できるようになって、人類の人口は爆発的に増加した。また、冷暖房が普及し、生活環境は格段に良くなって死亡率が低下し、寿命も飛躍的に延びた。

そんなエネルギーの歴史もふまえて、エネルギーを考える上で必要な基礎知識がわかる本である。


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2012年12月04日

国会事故調 報告書 福島原発事故の包括的報告書

国会事故調 報告書国会事故調 報告書
著者:東京電力福島原子力発電所事故調査委員会
徳間書店(2012-09-11)
販売元:Amazon.co.jp

以前紹介した大前健一さんの「原発再稼働『最後の条件』」に続いて国会事故調の福島原発事故報告書を読んでみた。

原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書
著者:大前 研一
小学館(2012-07-25)
販売元:Amazon.co.jp

この報告書は徳間書店から出版されているが、インターネットの国会事故調のホームページでも公開されている。YouTubeでも多くの映像が公開されている。



要約版(104ページ)、ダイジェスト版(12パージ)、報告書全文(575ページ)、参考資料、議事録などが無料でダウンロードできるので、是非一度国会事故調の報告書ページもチェックしてほしい。(国会事故調のホームページは2012年10月末で閉鎖されているが、同じコンテンツが国立国会図書館のインターネット資料収集保存事業のウェブサイトで見られる)。

大前さんの報告書と比べると写真や図が少なく、ほとんどが文章による報告書なので、読みずらい。筆者も3日ほどかかって、全文(592ページ)を読んだが、付録CDの会議録(416ページ)や参考資料(242ページ)はざっと目を通した程度だ。

興味のある人はまずはダイジェスト版(12ページ)を読むことをおすすめする。

大前報告書が技術面での検討がメインだったのに対して、この国会事故調の報告書は、技術面でもさることながら、根本原因から、当時の危機対応体制の妥当性、被災住民に対する政府・自治体の誘導・対応の悪さ、原子力規制体制の問題など、様々な角度から分析を行っている。

国会事故調のメンバーは次の通りだ。原子力の専門家は一人もいない。大前さん自身も元原子炉設計者という大前レポートと大きく異なる点だ。

委員長:黒川 清   東大名誉教授 専門:医学
委員 :石橋 克彦  神戸大学名誉教授 専門:地震学
委員 :大島 賢三  JICA顧問、元国連大使 専門:外交官
委員 :崎山 比早子 元放射線医学総合研究所主任研究官 専門:放射線医学
委員 :櫻井 正史  元名古屋高等検察庁検事長 専門:法律家
委員 :田中 耕一  島津製作所フェロー 2002年ノーベル化学賞受賞
委員 :田中 三彦  科学ジャーナリスト
委員 :野村 修也  中央大学教授 専門:法律家
委員 :蜂須賀 禮子 福島県大熊町商工会会長 被災者
委員 :横山 禎徳  社会システムデザイナー 元マッキンゼー東京支社長 東大EMP企画推進責任者


報告書の結論は「人災」

地震対策、津波対策、全電源喪失対策に問題があることを知りながら対策を先延ばしにしてたことが根本原因で、その意味で今回の事故は「自然災害」ではなく、「人災」だと結論づけている。

そして”東電がエネルギー政策や原子力規制に強い影響力を行使しながら、自らは矢面に立たず、役所に責任転嫁する黒幕のような経営を続けてきている。それゆえ東電のガバナンスは自律性と責任感が希薄で官僚的だった”と指摘している。


報告書の概要

報告書の概要がわかると思うので、重要な部分は主なサブタイトルまで含めて目次を紹介しておく。広範な検討を加えていることがわかるだろう。

第1部 事故は防げなかったのか?
1.1 本事故直前の地震に対する耐力不足
1.2 認識していながら対策を怠った津波リスク
1.3 国際水準を無視したシビアアクシデント対策

第2部 事故の進展と未解明問題の検証
2.1 事故の進展と総合的な検討
2.1.1 本事故をより深く理解するために
    1)原子炉と5重の壁
    2)原子炉事故、使用済み燃料プール問題
2.1.2 地震・津波による主な被害とその影響
2.1.3 原子炉事故の進展
2.1.4 原子炉パラメータに基づいた放射能放出家庭
2.1.5 ほかの原子力発電所における事故回避努力と事故リスク

2.2 いくつかの未解明問題の分析または検討
2.2.1 東北地方太平洋沖地震による福島第一原発の地震動
2.2.2 地震動に起因する重要機器の破損の可能性
2.2.3 津波襲来と全交流電源喪失の関係について
2.2.4 検証すべきさまざまな課題
2.2.5 MARK I型格納容器が抱える問題について

第3部 事故対応の問題点
3.1 事業者としての東電の事故対応の問題点
3.2 政府による事故対応の問題点
3.3 官邸が主導した事故対応の問題点
3.4 官邸及び政府(官僚機構)の事故対応に対する評価
3.5 福島県の事故対応の問題点
3.6 緊急時における政府の情報開示の問題点

第4部 被害の状況と被害拡大の要因
4.1 原発事故の被害状況
4.2 住民から見た避難指示の問題点
4.3 政府の原子力災害対策の不備
4.4 放射線による健康被害の現状と今後
4.4.1 放射線の健康影響
4.4.2 防護策として機能しなかった安定ヨウ素剤
4.4.3 内部被ばく対策と今後の健康管理
4.4.4 学校再開問題
4.4.5 原発作業員の被ばく
4.4.6 避難の長期化によるメンタルヘルスへの影響
4.5 環境汚染と長期化する除染問題

第5部事故当事者の組織的問題
5.1 事故原因の生まれた背景
5.1.1 耐震バックチェックの遅れ
5.1.2 先送りにされた津波対策
5.1.3 全交流電源喪失(SBO)対策規制化の先送り
5.2 東電・電事連の「虜(とりこ)」となった規制当局
5.3 東電の組織的問題
5.4 規制当局の組織的問題

第6部 法整備の必要性


報告書のポイント

長文で読みにくい報告書だが、筆者が理解したポイントを記しておく。

1.2006年に内閣府原子力安全委員会が耐震基準を改訂し、全国の原子力事業者に耐震安全性評価(耐震バックチェック)実施を求めた。東電は最終報告書の提出期限を2009年と届けていたが、勝手に2018年にまで先送りして対応を怠った。

東電及び経済産業省原子力安全・保安院は耐震補強工事が必要と知りながらも、工事を実施していなかった。保安院はあくまで事業者の問題として、大幅な遅れを黙認していた。

2.安全委員会は米国での規制強化を受けて、1993年に「全交流電源喪失事象検討WG」を設けて、「原子力発電所における全交流電源喪失事象について」という報告書を出したが、日本の外部電源・非常用電源の信頼性の高さを強調し、長時間の全交流電源の喪失を考慮する必要がないとして設計指針を変更しなかった。

米国では9.11以降にNRC(米国原子力規制委員会)が、テロ対策としてB.5.b.と呼ばれるSA(シビアアクシデント)対策を打ち出し、全電源喪失を想定した機材の備え(使用済み核燃料プールへの直接代替給水ライン設置など)と訓練を全原子力発電所に義務付けていたが、日本ではこの情報は事業者にも安全委員会にも伝えられなかった。

このように今回の事故はこれまで何回も対策を打つ機会があったにもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的な先送り、不作為で安全対策を取らなかったまま、3.11を迎えたことで発生したものだ。

3.東電は新たな知見に基づく規制が導入されると、原発の稼働率に深刻な影響が出ることと、安全性に対する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になることを恐れ、安全対策の規制化に強く反対した。電力事業連合会を通して規制当局に働きかけ、規制当局もこれを黙認し、規制は骨抜きにされた。

4.実際に地震と津波で全電源喪失という事態が起こると、官邸、規制当局、東電経営陣にはシビアアクシデントの準備も心構えもなく、緊急事態に適切に対処できず、官邸は東電の本店や現場に直接的な指示をだし、現場の指揮命令系統の混乱を招いた。

当時の菅総理によって東電の全面撤退が阻止されたというのは、菅総理の都合の良い理解で、東電自身は緊急対応メンバーを残して残りは撤退というものだった。現場に行って指示するなどの菅総理のスタンドプレイは、結局危機管理としては無駄な動きで、単に現場を混乱させるだけだった。

5.避難指示は混乱した状況で出され、一時避難のつもりで、着の身着のままで避難して結果的に長期間自宅に戻れなかったり、線量の高い地域に避難した住民が続出し、適切な避難指示がなされなかった。政府及び規制当局の危機管理は機能しなかった。

政府は緊急時対策支援システム(ERSS)と緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を何百億円もかけて構築していた。しかし、ERSSが停電やネットワーク遮断で長時間使えず、ERSSからの放出源情報がないSPEEDIの予測は正確性に欠け、結局初動の避難指示には役に立たなかった。


国会事故調の7つの提言

国会事故調は、次の7つの提言を出している。

1.規制当局に対する国会の監視
2.政府の危機管理体制の見直し
3.被災住民に対する政府の対応
4.電気事業者の監視
5.新しい規制組織の要件
6.原子力法規制の見直し
7.独立調査委員会の活用

国家事故調は報告書を提出してホームページも閉鎖し、活動を終えている。しかし、報告書を書いても、何のアクションも取らなければ意味がない。民主党は単に大飯を除く全原発休止という事態から何もしないという不作為の作為を決め込んでいる様にも思えるが、この報告書で指摘されている問題点を考慮して、7つの提言を実現すべく動く必要がある。

単に除染活動を続ければ、それで被災地が復興するわけではない。福島原発事故を風化させず、広島・長崎原爆とともに、人類の教訓とするためにも、この報告書は役立てるべきだと思う。


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2012年07月31日

人工光型植物工場 千葉大学元学長・古在名誉教授の植物工場紹介

人工光型植物工場人工光型植物工場
著者:古在 豊樹
オーム社(2012-03-24)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

先日会社で千葉大学元学長で植物工場の権威の古在名誉教授の講演を聞いたので、著書を読んでみた。

古在教授は中田英寿の所属しているプロダクションのサニーサイドアップ社長の次原さんと、"All you need is green"という本も出しており、こちらも読んでみた。

ALL YOU NEED IS GREEN コザイ教授とツギハラ社長が考える「環境と貧困」ALL YOU NEED IS GREEN コザイ教授とツギハラ社長が考える「環境と貧困」
著者:古在 豊樹
講談社(2008-07-01)
販売元:Amazon.co.jp
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古在教授は昔の東京帝大学総長の古在由直(よしなお)さんの孫で、マルクス主義哲学者の古在由重(よししげ)さんの息子だ。

お父さんの古在由重さんは、犯罪者(治安維持法違反で2回逮捕)なのでろくな職業にもつけず、家族は貧困にあえぎ、古在教授自身も差別を受けたという。幣原家とも姻戚関係があり、学者の名門の古在家出身で、千葉大学元学長という経歴からは想像もできない過去の体験だ。

お母さんは通信教育の添削で家族の収入を得て、古在教授も子供の時に造花づくりや、封筒貼りの内職、クズ鉄拾いもやったという。そんな体験があるから、「貧しいが目標を持って困難に立ち向かっている農家」は世界中どこであれ、支援したくなるのだと言って、中国には1986年から、ベトナムにも1993年から出かけて行って植物の苗を作る技術を支援している。

次原さんとの出会いは、古在教授が千葉大学学長となって、千葉大学の知名度を上げるためにサニーサイドアップに相談したことがきっかけだ。たまたま新聞記事などでサニーサイドアップのことを知り、古在教授自らが電話して訪ねてきたという。

サニーサイドアップの社是は「たのしいさわぎをおこしたい。」だという。

サニーサイドアップ所属の中田英寿が世界的な貧困撲滅のためのホワイトバンドキャンペーンを日本に紹介し、キャンペーンは成功した。しかし、集まったお金は貧困国支援のために使われるのでなく、支援活動・政治活動に使われる「アドボカシー」という使い方だったために、日本では誤解されてバッシングを受けた。

ホワイトバンドのキャンペーン自体はG8によるアフリカへの500億ドルの援助決定や、世銀とIMFによる最貧国への550億ドルの債務放棄などの呼び水となり、ある程度の効果はあげている。

しかし貧困問題解決にはまだ道は遠いので、ホワイトバンドキャンペーンの後、サニーサイドアップと協力して、千葉大学では「世界の貧困問題をいかに解決できるか」という授業科目と自主ゼミが設けられたという。


「植物工場」

別の本の紹介で脱線したが、本書に戻って、古在教授の植物工場の講演を聞いた第一印象は、これはスゴイというものだった。

この本の表紙の写真のように植物工場は、多層構造のため、丈の高い植物の生産には向かないが、その生産性は露地ものや農場産品の比ではない。苗やレタスなどの葉物野菜の生産に適しており、無農薬なので、収穫して洗わずにそのまま食べられる。

日本各地に植物工場があり、レタスなどを生産しているが、これらのレタスは一切家庭用には出回らない。すべて中食や外食産業に販売されている。

というのは普通のレタスだと、外側に農薬がついているので、何枚かは捨てなければならず、畑で採れたものは虫が混入しているかもしれないので、外食産業では洗って、一枚一枚人手で裏表を調べて虫がいないことを確認するという手間をかけている。レタスの芯も捨てているので、廃棄率は30〜40%だという。

ところが植物工場でつくったレタスは、葉っぱを捨てる必要がなく、洗う必要もないので下準備の工程が不要となり、人件費を削減できる。芯も小さいので、捨てる部分は5%程度だという。

天然の野菜だと、次の表のとおり旬の時以外は、栄養的に食味的にも落ちるが、植物工場だと1年中、旬の野菜を生産でき、栄養価、食味ともに高い。ちなみに講演で使ったスライドでは、次の表に横に一本の線が引いてあった。それが植物工場の野菜の栄養価だ。

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出典:本書61ページ

水や養分も極限まで減らすことができるので、永田農法のように植物にストレスを感じさせ、糖度を上げた野菜が生産できる。

植物生産には適切な温度と、光、CO2,水と若干の必須無機成分だけが必要だ。

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出典:本書5ページ

植物工場の内部の写真は、MKVドリームという会社のホームページで紹介されている。植物工場の構造図は次のようなものだ。多段棚+光源、それと循環する養液とヒートポンプエアコンがあればよい。

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出典:本書27ページ

ヒートポンプ技術により、エアコンを使えば水利用効率は97%まで上がる。砂漠でも十分操業可能だ。

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出典:本書28ページ

各種の苗を生産するために必要な電気代は、大体1円/本以下である。

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出典:本書34ページ

この本では、中国、韓国、台湾やオランダなどの植物工場の例が紹介されている。日本でも経産省または農水省の支援を受けて、各地で植物工場が稼働して、商業生産を開始している。

太陽光型植物工場―先進的植物工場のサステナブル・デザイン太陽光型植物工場―先進的植物工場のサステナブル・デザイン
著者:古在 豊樹
オーム社(2009-12)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

この本の他に、古在教授は「太陽光型植物工場」という本も出版している。太陽光による植物工場は、太陽光自体は無料だが、電気の安定供給という面では難があり、結局は売電と一緒に組み合わせる必要がある。

その意味では人工光型植物工場の方がオールマイティだ。


このブログでも「日本農業が必ず復活する45の理由」のあらすじで、砂漠農業を紹介したが、砂漠にかぎらず植物工場は様々な場所で展開可能だと思う。

日本の農業が必ず復活する45の理由日本の農業が必ず復活する45の理由
著者:浅川 芳裕
文藝春秋(2011-06-28)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

非常に参考になる本だった。


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2011年07月11日

原子炉時限爆弾 反原発論者 広瀬隆さんの福島問題が起こる前の予言書

原子炉時限爆弾原子炉時限爆弾
著者:広瀬 隆
ダイヤモンド社(2010-08-27)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

このブログでも紹介した反原子力発電論者・広瀬隆さんが2010年8月に出した原発事故「予言書」。

東電の福島第1原発事故が起こって、アマゾンでも売り切れが続いていた。そのものズバリのタイトルから、現在でもよく売れているようだ。

広瀬さんは福島原発の事故が起こってから、一躍有名になった。大手マスコミにはほとんど登場しないものの、朝日ニューススターなどのCSには出演しており、最近では原発反対を訴える社民党の福島瑞穂党首との対談がYouTubeにアップされている。



300ページ余りの本だが、論点は極めてシンプルだ。

広瀬さんの主張は、日本に原発が建設されだした当時は、大陸移動説(プレートテクトニクス理論)が定説として確立していなかった。だから現在の大半の原発の立地は大陸移動説を考慮しないで建設が決まった。

断片的な地質調査だけで、1968年に確立したプレートテクトニクス理論を考慮しないで「安全」という結論を出し、地球科学について集団的無知のまま全く進歩していないという。

日本列島は4方向から北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピンプレートのぶつかる構造にあり、日本全国どこでも地震が起こる可能性がある。

特に最も危険なのは、3プレートが重なり合う静岡県だ。東海大地震が予想されている静岡県御前崎にある浜岡原発で大事故が起こる可能性はほぼ100%である。

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出典:本書31ページ

原子力発電所は、原子炉建屋とタービン建屋から成っており、温水・冷却水を循環させるパイプは全長何十キロメートルにもなる。この配管のどこか一部でも地盤隆起で断裂すると、原子炉の冷却は不能となる。

BoilingWaterReactor




沸騰水型原子炉(出典:Wikipedia)

PressurizedWaterReactor




加圧水型原子炉(出典:Wikipedia)

さらに今回福島原発で起こったようなステーション・ブラックアウト(原発内完全停電)でも冷却は不能となる。

実は2010年6月17日に地震が起こり、福島第一原発2号機で電源喪失事故が起こってあわやメルトダウンという事態となっていた。しかしちょうどサッカーのワールドカップの最中だったので、メディアはほとんど報道しなかったのだ。

津波が起これば、原子炉建屋の物理的なダメージの他に、引き波で原子炉の冷却用海水が失われる。また取水口からの水路もダメージを受けて冷却水が取り入れられないことが予想され、これでも原子炉の冷却は不可能になる。

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出典:本書91ページ

さらに原子炉はコンピューターで制御されているので、大地震でコンピューター自体がダメージを受けることもありうる。そうなると原子炉を緊急停止させる制御棒がコンピューター故障で、挿入できないおそれもある。

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出典:本書71ページ

広瀬さんは、日本で原発事故が起こると日本の国全体がほとんど再起不能なダメージを受けることを、すでに1960年4月から国はわかっていたと指摘する。

科学技術庁の依頼を受けて日本原子力産業会議が、1960年に「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」というレポートで予測していたのだ。

実はこの、「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」というレポートは既にネットで公開されている

この本では、レポートの被害予想図が紹介されている。

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出典:本書16ページ

このレポートの結論は、農業制限区域は日本全土、被害額は1兆円以上となっている。しかしこの1兆円は被災者保障が死亡85万円、立ち退き農家35万円という当時の金額をベースとしているので、今では100兆円を上回ることは間違いない。

しかもこのレポートは1966年に日本初の商業用原子炉として稼働し1998年に廃炉された小型(16.6MW)の東海村の1号機を対象にしており、いまや日本には54基のもっと大型の原発があるので、被害予想は数百兆円になるだろうと広瀬さんは予測する。

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日本の原発所在地(出典:本書152−153ページ)

他にも次のような危険性を指摘している。

★「高レベル放射能廃棄物は100万年監視しなければならない」

NUMO(原子力発電環境整備機構)の地層処分は子供だましの宣伝だ。

★青森県六ヶ所村再処理工場では日本全体を汚染する能力がある高レベル放射能廃液が貯まっている。

★六ヶ所村には大断層が走っている。

★”もんじゅ”の失敗は100%保証済み。

★プルサーマルが加速する原子炉の危険性
 ウラン燃料と比較したMOX燃料の放出放射能は非常に大きい。(対数目盛であり、1目盛りが一桁)

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出典:本書257ページ

★行き場を失った高レベル放射性廃棄物

さらに広瀬さんは、「あえて本書ではひと言も述べないが」と前置きして、「再処理・増殖炉・プルサーマルと、これほどまでにプルトニウムに固執する残る別の政治的な理由があるとすれば、読者ご賢察の通り、日本の核武装計画である。憲法を改正して日本が先制攻撃できるようにし、原爆を持ちたがる政治家が、国会に山のようにいることを忘れてはならない」と語る。

最後に広瀬さんは、次のように締めくくっている。

「天災は忘れた頃にやってくる」(寺田寅彦)

「日本人は、なぜ死に急ぐのか?」

「為せば成る 為さねばならぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)

「救うのはあなただ!」


まさに「予言書」の感がある。広瀬さんは、ガチガチの反原発論者だと今まで思っていたが、理由のあるガチガチ論者である。

広瀬さんの議論は結局NIMBY(Not in my back yard)に過ぎないと思うが、広瀬さんの議論に論理的に反駁することは難しいと思う。

これに対抗するには、原子力は危険もあるが、原子力の平和利用こそ20世紀から持ち込まれた人類の課題であり、日本でも立地と万全の安全対策で原子力発電に取り組むことは可能だとというしかないと思う。

考えさせられる本であった。


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2011年06月09日

隠される原子力 核の真実 原子力の専門家が原発に反対するわけ

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ
著者:小出 裕章
創史社(2011-01)
販売元:Amazon.co.jp
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原子力畑一筋で東北大学工学部卒業後、京都大学の原子炉実験所で放射能測定を専門として研究を続ける一方、原発反対運動を支援する小出助教(「助手」が現在は「助教」という呼称に変わった)の本。

創史社・八月書館というマイナーな出版社から発刊されているが、折からの原発事故の関係で、アマゾンでは「在庫なし、入荷未定」の状態が続いていた。現在はアマゾンの売り上げで53位とよく売れているようだ。

原発事故後に書かれた「原発のウソ」はアマゾン売り上げ第二位、「放射能汚染の現実を超えて」は売り上げ48位と、いずれもベストセラーとなり、小出さんは一躍時の人になった。

原発のウソ (扶桑社新書)原発のウソ (扶桑社新書)
著者:小出 裕章
扶桑社(2011-06-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

放射能汚染の現実を超えて放射能汚染の現実を超えて
著者:小出 裕章
河出書房新社(2011-05-19)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者が学生の時に自主講座「公害原論」を開催していた故・宇井純さんを思い出す。宇井さんも東大のポジションは助手どまりだった。

新装版 合本 公害原論新装版 合本 公害原論
著者:宇井 純
亜紀書房(2006-12-01)
販売元:Amazon.co.jp
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この本のサブタイトルにあるように、小出さんは原発の専門家でありながら原発に反対している。この本は1999年から2010年の小出さんの各地での講演内容を取りまとめたものだ。

原子力に関する基礎的な知識が得られて大変参考になった。ピックアップして紹介しておく。


放射線の恐ろしさ

生命体を構成しているDNAなどの分子結合エネルギーはせいぜい数電子ボルトだが、放射線のエネルギーは数百万から数千万電子ボルトに達する。放射線が身体に飛び込んでくれば、DNAはじめ身体の分子構造が切断されてしまうのだ。

被曝量が多くて、細胞が死ぬと、やけど、嘔吐、脱毛、最悪の場合には死を迎える。

一般的にはある線量、たとえば50ミリ・シーベルト以下は被曝の影響がない「しきい値」があるように言われるが、それは妄言だと小出さんは語る。

事実、2005年6月30日に長年放射線問題を研究してきた米国科学アカデミーの委員会は、放射線被曝にはしきい値はないと調査レポートを発表している。放射線の影響はリニア(直線的)に増えるという。


マンハッタン計画

ウランの核分裂現象が発見されたのは、1938年末のナチスドイツの時代だった。そのためアインシュタインはルーズベルト大統領に原爆開発を勧める手紙を送った。

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出典:Wikipedia

これが総額20億ドル(当時の日本の年間GDP)がつぎ込まれ、5万人とも10万人ともいわる科学者・技術者・労働者が動員されたマンハッタン計画が生まれた原因だ。

この辺の話は、「日本は原子爆弾をつくれるのか」のあらすじを参照して欲しい。

日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)
著者:山田 克哉
PHP研究所(2009-01-16)
販売元:Amazon.co.jp
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マンハッタン計画の2つの道がこの本で図解されている。

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出典:本書26ページ

上記の図で、ウランルートでできたのが広島原爆で、プルトニウムルートでできたのが長崎原爆だ。


劣化ウラン弾

核分裂性ウランの含有量が減ったものは「劣化ウラン」や「減損ウラン」と呼ばれ放射能のゴミとなる。このゴミは長年蓄積していくので、次の表のように各国は大量の劣化ウランを保有している。

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出典:本書28ページ

その核のゴミをコストゼロの原料として「有効利用」しているのが、劣化ウラン弾だ。

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出典:Wikipedia

次が最近の戦争で使われた劣化ウラン弾の量である。

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出典:本書29ページ

筆者は「劣化ウラン」という名前から放射性物質は含まないと誤解していたが、実は天然ウランに比較すると線量は半分程度ではあるが、依然として危険なものに変わりはない。

一般公衆の劣化ウラン吸入年間摂取量限度は11.4ミリグラムで、たとえ少量でも規制されている。

ちなみに劣化ウラン弾は、鉄の倍以上重く(比重18.9、鉄は7.9)、貫通力があり、空気中では発火するので、敵戦車の装甲を貫通して車内で燃え、放射能汚染も引き起こすという恐ろしい兵器だ。


ウラン資源は化石燃料資源の代替にはならない

次はこの本に載っている図だ。四角の大きさが究極埋蔵量、黒い四角が確認埋蔵を示している。石炭の資源は大きく、1,000年以上は枯渇しないと見られている。ウラン資源の枯渇の方が早く起こる。

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出典:本書37ページ

これ以外にも海底のメタンハイドレートや、シェールガスなど、まだ利用されていない化石燃料資源がある。


日本の核燃料サイクル

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本書:41ページ


高速増殖炉で改質したプルトニウムは原爆原料

ウラン資源の99.3%は、核分裂性のないウラン238だ。これをプルトニウムに変えて利用するのが高速増殖炉を使った核燃料サイクルだ。

日本の高速増殖原型炉もんじゅは1994年に動かしはじめ、1995年に40%の出力まで上げたところでナトリウム噴出事故が起こり、2010年まで休止していた。2010年5月に再稼働したが、燃料交換中継器を炉内に落下させる事故が起こり、2012年に予定した40%出力試験の実施は不可能となった。

普通の原発で生み出されるのは核分裂性のプルトニウムが70%程度で、これでは核兵器は作れない。しかし高速増殖炉でつくるプルトニウムは核分裂性が98%となり、優秀な核兵器の製造が可能となる。

日本はプルトニウムをせっせと溜め込んで、今や長崎原爆4,000個がつくれるだけのプルトニウムを国内外で保有している。

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出典:本書46ページ

大前研一さんは、日本は90日で原爆を作る能力がある「ニュークリア・レディ」国だという。

しかし原爆を作るわけにはいかないので、それでウランとまぜて原子炉の燃料(MOX燃料)としているのが「プルサーマル」型原発だ。


原発は非効率な湯沸かし装置

100万KWの原発を一年間運転するのに必要な作業は次の通りだ。

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出典:本書71ページ

原子力は発電時にはCO2は排出しないが、その前のウラン鉱山、精錬、濃縮、それから再処理と莫大なエネルギーを消費し、やっかいな廃棄物をもたらす。

冷却用に使う温排水は日本にある原子炉54基すべてが稼働すると、年間1、000億トンと、日本の河川全部の流量4,000億トンの1/4という流量となる。平均7度上がった温排水が海に流れ込むので、大幅な近海海水温度上昇を巻き起こす可能性がある。

原子力発電所の熱効率は33%で、最新の火力発電所の50%超、温排水を地域暖房に使うコジェネの80%に比べて低い。また都会立地ができないために、排水の有効利用もできないという問題がある。


原子力から撤退する核先進国

フランスでさえ新たな原発計画はなく、ヨーロッパ全体でフィンランドに1基建設計画があるだけだ。アメリカもスリーマイル島の原発事故以来一基も原発は建設していない。オバマのグリーンニューディールでは原発建設が含まれていたが、これも先行きは不明になってきている。

小出さんは原発をやめても、火力発電所があるので全く困らないという。


小出さん自身は夏でも家でも職場でもクーラーは使わないという。徹底していて立派ではあるが、意固地な変人といえなくもない。日本はエネルギー浪費型社会を改める作業に一刻も早く取りかからなければならないと小出さんは最後に説いている。


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2011年04月06日

原発事故に関する本 作家広瀬隆さんの原発廃止論

2011年4月6日追記:

大前さんが「福島原発 政府、東電の対応と東北再生のシナリオ」ということでYouTubeに4月3日放送の「大前研一ライブ」の映像を公開し、食品安全の問題から、非難措置、菅首相も積極的に取り上げた東北漁村再生の提案などについて解説しているので追加で紹介しておく。



2011年4月4日追記:

以下に紹介する広瀬さんの本も講演も、「原発はもとから不要だ・原発を廃止せよ」という以外に何の解決策も提示していないが、原子力研究で世界トップのMITの博士課程を卒業し、日立製作所の原子炉設計者であった大前研一さんがYouTubeでビジネスブレークスルー大学院大学の講義を公開している。

全体は1時間10分程度なので、全部を見るのは疲れるが、最後の部分に大前さんの今後の政策提言があるので、この部分は参考になると思うので、紹介しておく。

3月19日の公開講義と3月27日の通常講義の2編である。



3月27日の通常講義。



YouTubeにはこれ以外に3月13日の通常講義も公開されているので、興味のある人はこちらも参照して欲しい。


2011年4月2日初掲:

原子炉時限爆弾原子炉時限爆弾
著者:広瀬 隆
ダイヤモンド社(2010-08-27)
販売元:Amazon.co.jp
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「原子炉時限爆弾」というぶっそうな本が昨年出版されている。原発の危険性を訴えた作家・広瀬隆さんの本だ。危機的状況が続く福島第1原発の事故の関係で、アマゾンでは売り切れ・在庫なし・入荷未定となっている。

広瀬さんが高く評価している京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんも同様の警告本を出しており、これらも売り切れ・在庫なし・入荷未定だ。ちなみに小出さんのグループは「原子力安全研究グループ」というサイトで放射線測定値を公開している。

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ
著者:小出 裕章
創史社(2011-01)
販売元:Amazon.co.jp
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日本を滅ぼす原発大災害―完全シミュレーション日本を滅ぼす原発大災害―完全シミュレーション
著者:坂 昇二
風媒社(2007-09)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

図書館でも貸し出し中で、数ヶ月は待つようだ。仕方がないので、広瀬さんが以前書いた本を読んでみた。

一つは「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という本。

ジョン・ウェインはなぜ死んだか (文春文庫)
著者:広瀬 隆
文藝春秋(1986-06)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

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ジョン・ウェイン、ハンフリー・ボガード、ス−ザン・ヘイワード他、何十人ものハリウッドスターや映画監督、原作者などガンで亡くなった人を列挙して、それぞれの映画作品と死亡原因をリストにしている。まるでツタンカーメンの呪いで、関係者が続々変死した「王家の谷」のようだと。

彼らがガンで死んだのは、1950年代に核実験が行われていた米国ネバダ州の隣のユタ州で西部劇などの映画撮影を頻繁に行っていたからだという。

その証拠に彼らがロケしていたモニュメント・バレーに近いセント・ジョージというユタ州の町では、全米平均に比べて大幅に高いガン死亡率を示しているという。

このブログで紹介した「ヒトはどうして死ぬのか」でガンになるメカニズムが説明されている。日本では3人に2人はガンに罹り、がん患者のうち3人に一人は亡くなっている。

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)
著者:田沼 靖一
幻冬舎(2010-07)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

たしかに放射線被曝はガンになる恐れがあるが、これだけガンで死亡したハリウッド・スターを並べても、ロケ地のユタでの被爆が原因とは断言できないと思う。

ガンになる最大の要因は生活習慣と喫煙だ。昔のハリウッドスターは役柄上の必要もあり、大半が喫煙者だと思う。喫煙でガンになった確率の方が、ロケで時々ユタに行ってガンになるよりはるかに高いと思う。

次が厚生労働省が発表している平成17年度の簡易生命表にある日本人男性の死因グラフだ。

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出典:厚生労働省ホームページ

これだけ原発・原子力の脅威を力説していて、広瀬さん自身はスモーカー!?という「オチ」はないとは思うが、広瀬さんの講演を聞く機会がある人は、広瀬さんに確認して欲しいものだ。

さらに疑問なのが、1957年に旧ソ連のチェリャビンスクで起こった核燃料再処理工場の事故により飛散した放射能による被曝事故の原因だ。

ウラルの核惨事 (1982年)
著者:ジョレス・A.メドベージェフ
技術と人間(1982-07)
販売元:Amazon.co.jp
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広瀬さん自身も荒唐無稽と言ってはいるものの、地中にしみ出したプルトニウムが、地中で集積し一つの固まりとなり4キロを超えて核爆発を起こしたのだと。あまりに荒唐無稽なので、その部分を紹介する。

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出典:「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」本文

あり得ないことだ。こんな荒唐無稽なコメントがあると、広瀬さんの著書の信憑性を著しく落とす。

広瀬さんは放射線計を持ってチェルノブイリには行ったことがあるそうだが、こんな荒唐無稽なことを本に書くならチェリャビンスクも現地調査すべきだろう。

筆者は1990年代前半にチェリャビンスクを訪問したことがある。製鉄所も戦車工場もある重工業都市で、町も暗くて犯罪率も高く、外を出歩くこともできなかった。

このときに放射能汚染の話を現地で聞かされた。旧ソ連では、住民にすら全く知らされなかったという。

ちなみにチェリャビンスクは治安が悪く、朝一の飛行機でモスクワに帰る時に空港まで送ってくれたドライバーは防犯用のピストルを持っていた。

そんな都市だから広瀬さんも現地確認せず、ソ連の作家の本に書いてある仮説をそのまま情報を載せているのだろう。Wikipediaでは放射性廃棄物を貯蔵していたタンクが爆発したと原因を説明している。

広瀬さんは読者を必要以上に怖がらせようとしているとしか思えない。

広瀬さんのもう一つの本「危険な話ーチェルノブイリと日本の運命」も読んでみた。

危険な話
著者:広瀬 隆
八月書館(2010-07)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


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こちらの本は、チェルノブイリの原発の炉心溶融事故は、規則違反で実験をしていて起こったとか、黒鉛型なので格納容器がなくて危険な設計だったなどという報道は嘘っぱちで、マスコミは正確な情報は流さないと語る。

そして日本の原発はすべてすぐに止めるべきだと自説を展開している。

実は日本は原発なしでも十分電力は余っている。日本の電力業界はマスコミをコントロールしており、原発をつくると設備製造メーカーのみならず、建築や地元対策費で巨額の金が落ちるので、産業界が原発建設を推し進め、都合の悪い情報は絶対にマスコミに載らない。

だから御用学者やNHKはじめ御用マスコミが、原発の危険性を全く報道しないのだと。

広瀬さんは普通のマスコミには登場しないが、朝日ニュースターというCSの番組に出演したときの映像がYouTubeに掲載されている。筆者の先輩からビデオを送ってもらったので、筆者もこの番組は見た。



40分もつきあえないという人には、4分弱のバージョンもある。



時間がある人は、次の1時間50分の広瀬さんの講演も見てみると良い。様々な角度から原発の危険性を指摘している。



放射能汚染が起こると、一番ダメージを受けるのはこれから長く生きなければいけない子どもだ。だから広瀬さん(68歳)は孫娘を関西に行かせたという。

広瀬さんの話っぷりがいかにも説得力があるので、広瀬さんの言っていることの真偽のほど、原発廃止論が根拠がある話なのかどうか、何が本当なのか混乱してしまう。

しかし冷静に考えると広瀬さんの本にもテレビの談話にもほとんど根拠が示されていないことに気づく。「危険な話」には、多くの新聞記事コピーがそのまま掲載されているが、新聞記事が正しいとは限らない。

特にYouTubeに収録されている講演の最初に、今回の地震の規模は実は8.3−8.4だったが、国の援助を引き出すために過去最大のマグニチュード9.0に引き上げたのだという話がある。

何の根拠で専門家でもないノンフィクション作家がこんなことを言えるのか?

少なくともこの二冊を読んだ限りは、今回の原発事故を奇貨として、今までほとんど注目されていなかった持論の原発廃止のために、あることないこと言って、世間を怖がらせているような印象だ。

まさにテレビCMで言っている「デマにまどわされないようにしよう」という「デマ」なのかも知れないし、実は正義・正論を主張している人なのかもしれない。

YouTubeの映像を見ればわかるが、広瀬さんの話には説得力があり、正しい指摘もある。

たとえばマスコミは、検出された放射線量の××マイクロシーベルト/時と、人体に影響のある基準の××マイクロシーベルト/年をわざと混同するように仕向けているが、マイクロシーベルト/年は、マイクロシーベルト/時を365X24=8,760倍、つまり約1万倍して比較する必要があり、だまされてはいけないと語る。

NHKで登場するすべての大学教授、解説委員、科学文化部記者は「大丈夫」と根拠のない話ばかりして許せないと具体名を挙げて非難している。

日本人の半分弱はガンになる。そしてそれが放射能被曝なのか、あるいは自然なのか、原因はわからない。

筆者の率直な印象は、「話にはいかにも説得力あるが、根拠は示されていない。デマゴーグというのは、こういう人なんだな」というものだ。

しかし異論も聞いておくという意味で、YouTubeの映像のどれかは見ておく価値はあると思う。

上記のように信憑性に疑問が残ることも念頭にいれて、付和雷同せず、それぞれが冷静に判断して欲しい。


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2010年12月27日

偽善エコロジー 「偽善」シリーズ本を出しているマベリック学者の本

偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書)偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書)
著者:武田 邦彦
幻冬舎(2008-05)
販売元:Amazon.co.jp
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「偽善」シリーズ本や、環境問題のウソというような題の本を多く出している元名古屋大学教授で現中部大学教授の武田邦彦さんの本。

アマゾンに出ている武田さんの主な本は次のようなものがある。

偽善エネルギー (幻冬舎新書)偽善エネルギー (幻冬舎新書)
著者:武田 邦彦
幻冬舎(2009-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

日本人はなぜ環境問題にだまされるのか (PHP新書)日本人はなぜ環境問題にだまされるのか (PHP新書)
著者:武田 邦彦
PHP研究所(2008-11-15)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

「CO2・25%削減」で日本人の年収は半減する「CO2・25%削減」で日本人の年収は半減する
著者:武田 邦彦
産経新聞出版(2010-02-05)
販売元:Amazon.co.jp
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環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)
著者:武田 邦彦
洋泉社(2007-02)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

ちょっとエキセントリックすぎて、まともな学者なのか、マベリック(異端者、へそまがり)なのか判断がつかない。

ネットTVのピラニアTVで「現代のコペルニクス」というコーナーを持っているようだ。

いくら新書とはいえ、学者の本にしては、論拠があまりにも少ない。

まえがきには次のように書いてある。

「今回、可能な限り、確実な情報を整理しました。地球温暖化についてはIPCCという国際機関のデータを、毒物についてはその道の専門家の信頼できる論文を、そして海外のことについてはその国の新聞などをあたり、『本当に環境を守るためには』という視点から書いています」

どうも根拠が弱い。「その国の新聞」が正しいことをどうやって検証するのだろう。ウィキペディアにもむちゃくちゃ書かれており自身のホームページ反論している

この本はなか見、検索!には対応していないので、主なサブタイトルを紹介しておく。一般常識とかなりかけ離れていることがわかると思う。

第1章 エコな暮らしは本当にエコか?

★レジ袋を使わない → ただのエゴ

★割り箸を使わずマイ箸を持つ → ただのエゴ

★ハウス野菜、養殖魚を買わない → ただのエゴ

★温暖化はCO2削減で防げる → 防げない

★冷房28度Cの設定で温暖化防止 → 意味なし

★温暖化で世界は水浸しになる → ならない


第2章 こんな環境は危険?安全?

★ダイオキシンは有害だ → 危なくない

★狂牛病は恐ろしい → 危なくない

★生ゴミを堆肥にする → 危ない

★プラスチックをリサイクル → 危ない

★洗剤より石けんを使う → よくない


第3章 このリサイクルは地球に優しい?

★古紙のリサイクル → よくない

★牛乳パックのリサイクル → 意味なし

★ペットボトルのリサイクル → よくない

★アルミ缶のリサイクル → 地球に優しい

★空きビンのリサイクル → よくない

★食品トレイのリサイクル → よくない

★ゴミの分別 → 意味なし


第4章 本当に「環境にいい生活」とは何か

第1節 もの作りの心を失った日本人

★リサイクルより、物を大切に使う心を

★自治体と業者を野放しにしていいのか

第2節 幸之助精神を失う

★家電リサイクル、儲けのカラクリ

★国民は無駄金を払い、バカをみている

★廃棄物を途上国に売りつける日本

第3節 自然を大切にする心を失う

★自然を大事にする国は自国の農業も大切にしている

第4節 北風より太陽、物より心

★リデュース、リユース、リサイクルの3Rにだまされるな



およそ常識と異なる話ばかりなので、混乱すると思う。武田さんの主な主張をいくつか紹介しておく。


レジ袋削減はスーパーのエゴ


たとえばレジ袋は、石油の不必要な成分を活用した優れものなので、レジ袋を追放すると石油の消費量が増えるという。買い物袋、専用ゴミ袋が必要だからだと。

レジ袋削減とはスーパーの売り上げ増加のために「環境」という印籠(いんろう)を使ったものだと。


ダイオキシンは無害?

最も混乱するのはダイオキシンは人間にとってはほぼ無害という説だ。

東大医学部の和田收教授の2001年1月の「学士会報」に載っていた「ダイオキシンはヒトの猛毒で最強の発ガン物質か」という論文を論拠にしている。

筆者は学士会報もとっているが、学士会会報に載ったからといって、それが学会の定説とは限らない。

これほど一般常識に反する異論を唱えるなら、もっと論拠を挙げるべきだと思う。

和田教授の論文は「ヒトはモルモットのようなダイオキシン感受性動物ではないので、”環境中ダイオキシン”では一般の人にダイオキシンによる健康障害が発生する可能性はほとんどない」というものだ。

これは環境中に排出される濃度のダイオキシンのことであり、ダイオキシン自体が無害というわけではない。

あまりにも危険な「ダイオキシン=無害説」ではないかと思える。


ウシではない狂牛病?

日本には一人もウシによる狂牛病の人はいないが、「ウシではない狂牛病」に罹っている人が400人以上いるという。

肉骨粉はそれまで捨てていたウシの骨格や脳などを飼料にするために、徹底的に焼いて乾燥させていた。

しかし次第に生焼けの状態で飼料にするケースが出てきて、結果的に共食い、かつ子供が親の肉を食うという事態となって狂牛病の原因となったと武田さんは語る。

筆者はアルゼンチンに30年ほど前に研修生として駐在していたが、当時日本はアルゼンチンからMBM(Meat Bone Meal)というのを輸入していた。これがまさに肉骨粉だった。

武田さんは狂牛病は危なくないと語る。「ウシではない狂牛病」とはクロイツフェルト・ヤコブ病のことだと思うが、よくわからない。

ちなみに狂牛病のリスクは現在はおさまっている。


あらすじを紹介する当ブログが、書評ブログのような内容になってしまった。

本や新聞に書いてあるからといって、正しいとは限らない。論拠をもっと示してほしい本である。


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2010年12月24日

低炭素社会 小宮山前東大総長のCO2削減の処方箋

低炭素社会 (幻冬舎新書)低炭素社会 (幻冬舎新書)
著者:小宮山 宏
幻冬舎(2010-05)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

2009年4月に東大を退官して現在は三菱総研理事長を勤める小宮山前東大総長のCO2削減の現実的提案。

小宮山さんの話は、このブログでも紹介した東大の入学式の時に一度聞く機会があった。会社でも先日小宮山さんの講演を聞く機会があった。東大のアメフット出身で非常にエネルギッシュな人だ。

この本はたまたま知り合った幻冬舎の見城社長に「良い本なのに売れない」と相談したら、「それじゃあ売って見せましょうか」と応じられたのが出版のきっかけという。見城さんはこのブログでも紹介したとおり、カリスマ・モーレツ編集者だ。

以下にあらすじを紹介する通り、大変参考になる本だが、アマゾンでは現在43,700位で、あまり売れていないようだ。見城さんとは売れなかったら「残念会」ということになっているという。


懇切丁寧な目次

この本はアマゾンのなか見、検索!に対応していないので、目次を簡単に紹介しておく。

第3章がメインの部分で、第3章の第1節から第9節まで、ほぼ4ページおきにサブタイトルがついているので、主要なサブタイトルも紹介しておく。大体の感じがわかる懇切丁寧な目次である。

第1章  「温室効果ガス25%削減」で新しい日本へ

第2章  そもそもエネルギーって何だろう

第3章  エネルギー消費量の正しい減らし方

 第1節 どこでどのくらい減らしていくか

  ・  エネルギー変換、ものづくり、日々のくらし(エネルギーの使い道)
  ・  もはや乾いたぞうきんを絞るようなもの?
  ・  「日々のくらし」のエネルギーは8割減らせる
  ・  年間30万円の光熱費が5万円に減った私の家
  ・  住宅環境改善だけで目標の約半分は達成可能

 第2節 高断熱住宅はいいことずくめ

  ・  日常生活で一番エネルギーを消費するのは暖房
  ・  諸外国に遅れをとっている日本の住宅の断熱性
  ・  防音効果が高く健康にもよい二重ガラス
  ・  住宅内の温度差解消で医療費・介護費も減る

 第3節 お湯づくりの常識が変わった
  
  ・  現在の30分の1のエネルギーでお湯が沸く
  ・  エアコンの性能は4倍になる
  ・  日本が拓く、給湯器の新市場
  ・  太陽電池は日本に最適のエネルギー

 第4節 自動車の常識も変わる
  
  ・  10年後、自動車の燃費は10分の1にできる
  ・  通勤・買い物には一人乗りの電気自動車
  ・  長距離物流をトラックから鉄道へ

 第5節 こんな考え方は古い

  ・  節約するよりエコ家電を買おう
  ・  安全・ハイリターンな「エコ投資」
  ・  もったいないのはモノよりエネルギー

 第6節 新エネルギーはどこまで有望か
  
  ・  原発は稼働率アップが第一
  ・  風力発電の適地はまだある
  ・  トウモロコシをエネルギーにしてはいけない
  ・  バイオマスエネルギーの有望株はクロレラ類
  ・  太陽電池の併用で電力の夜昼問題を解消

 第7節 損するリサイクル、得するリサイクル
 
  ・  金属のリサイクルは圧倒的に安くつく
  ・  新たに鉱山を掘る必要はなくなる
  ・  リサイクルが高くつく場合もあるプラスチック
  ・  プラスチックは燃やしてもよい
  ・  紙も最後には燃やすのが正しい

 第8節 総力戦で取り組む
  
  ・  森林資源を増やしてCO2を吸収する
  ・  排出権取引を有効に機能させるルール作りを

 第9節 ポジティブに取り組む
  ・  日本より劣るアメリカのエネルギー効率
  ・  2050年、世界のエネルギー効率を3倍に
  ・  エネルギー、鉱物、食料 ー どこまで自給できるか

第4章  町づくりで低炭素社会を実現

第5章  人類の知を構造化する


日本の先進国宣言

2009年7月に首相に就任した鳩山氏が、ニューヨークの国連気候変動サミットで、「2020年までに1990年比で25%の温室効果ガスを削減する」と宣言した。

小宮山さんはこの発言は日本の「先進国宣言」だと受け止めたという。日本が「課題先進国」として率先して世界の温室効果ガス削減のために動きだすという宣言である。


地球の平均気温15度というのは生物には理想的

大気がないと平均気温はマイナス18度になってしまうが、主に水蒸気とCO2の温室効果のために33度くらいプラス効果があるので、地球の平均気温は生物が暮らしやすい15度となっている。

地球の外側にあって薄い大気しかない火星はマイナス45度、水は氷でしか存在できない。探査機「あかつき」が周回軌道に乗れなかった金星は、地球より太陽に近いので90気圧というCO2主体の大気を持ち、平均気温は430度という高温である。

地球は大気があるので、水が液体として存在でき、それが水蒸気となって気温を保っているのだ。

ここ100年でCO2濃度は290PMMから380PPMに上昇した。これからもCO2濃度は上昇が見込まれ、温暖化の様々な影響が異常気象や海面上昇という形で現れてくる。


地球温暖化懐疑論批判

小宮山さんが初代代表を務めていたサステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)では「地球温暖化懐疑論批判」という小冊子をインターネットで公開している。

水素エネルギーは無尽蔵というのは、水から水素を取り出すときに莫大なエネルギーが必要だという認識が欠落している。


CO2削減の処方箋

小宮山さんは学者らしく、CO2削減の処方箋を導くのに、まず「エネルギー保存の法則」の説明から入る。

「エネルギーは最後は熱となる。エネルギーの出入りがない領域全体ではエネルギーの総量は常に一定で変わりない」

だからできるだけ熱になるのを遅らせ、何回でも利用することがエネルギーの効率的な利用法だ。

小宮山さんが出題した東大教養学部の物理の試験問題を例としてあげている。

「同じ大きさの部屋が2つある。1キロワットの電気ヒーターを入れた部屋と、テレビ、冷蔵庫、掃除機を入れた消費電力量合計1キロワットの部屋で、同じ時間同じ電力をかけると、どちらの温度が高くなるか?理由とともに答えよ」

答は「同じ」である。東大の学生の正解率は50人中2人だったという。しろうと感覚では、ヒーターの部屋の方が暖かそうだが、理論は同じである。


用途別日本のエネルギー消費

小宮山さんはまず日本のエネルギー消費を用途別に分類している。それが次のグラフだ。
日本のエネルギー消費1







出典:本書53ページ

これをものづくり、輸送、オフィス、家庭でくくり直すと、次のグラフになる。

日本のエネルギー消費2








出典:本書55ページ

日本のエネルギー消費に占めるものづくり=産業用の比率は既に5割を切っている。

いままで日本の産業界は鉄にしろ、セメントにしろ世界でナンバーワンの省エネルギー生産を達成してきた。たとえばセメント1トン当たりの消費エネルギーは日本を1とすると、中国は1.6だ。産業界の「乾いた雑巾」を絞るようで、もはや大きな削減の余地はないというコメントは正しいのだ。

しかし日本のエネルギー消費の半分以上を占める、輸送、オフィス、家庭の分野はまだまだエネルギー消費削減の余地がある。いわば「濡れ雑巾」状態なのだ。

この本ではこれらの輸送、オフィス、家庭の分野に重点を置いた「チーム小宮山」のCO2削減策を紹介している。


チーム小宮山のCO2削減策

日本のCO2削減策







出典: 本書67ページ

上記目次のように、様々なエネルギー消費削減策をこの本で提案しているので、特に印象に残ったポイントを紹介しておく。

小宮山ハウスは、光熱費年間30万円が5万円になり、さらに太陽光発電の買電単価が倍になるので、光熱費ゼロになる日も近いという。

★高断熱住居にするため、窓ガラスを二重化する。講演で環境省は二重窓にしたので、冬に暖房を入れるのは月曜日だけだという話を紹介していた。熱が逃げないので、余熱で1週間暖かいのだと(ただし一部の職員は”ヤッケ”を着ているという話もある)。

★オフィスではグローランプ式蛍光灯をインバーター式蛍光灯に換えると、エネルギー消費が半減する。東大では34,000基の蛍光灯を入札でメーカーを決めて、すべて入れ替えたという。

★ガス湯沸かし器をエコキュート(ヒートポンプ)に換えるとエネルギー消費が大幅に減る。ヒートポンプなら理論値ではガス湯沸かし器の30分の1にまで下げられるという。既に200万台普及しており、価格も100~150万円だったのが、60万円程度にまで下がっている。

★エネファームは燃料電池給湯設備だ。燃料電池を給湯に使っているのは日本だけだ。価格は300万円くらいするが、国や地方公共団体が補助金をつけているので、大量生産できれば、エコキュートと同程度の価格まで下げることが可能かもしれない。

★自動車の世界最高燃費記録はガソリン1リッターで、なんと5,385キロである。電気自動車の導入などで、まだまだエネルギー消費削減の余地はある。小宮山さんはマークIIをプリウスに換えて、燃費が1/3になったという。

ちなみに筆者の車はこのブログで紹介しているとおりハリアーハイブリッドだ。燃費は旧型ハリアーに比べて2/3といったところで、プリウスの1/3までは行かないが、優遇措置や補助金があったのでガソリン車との値差は十分回収できた。

★輸送も鉄道を多用して、鉄道駅から目的地までをトラック輸送として棲み分けする。

★もったいないと古い家電を使い続けるより、最新型の省エネ家電に換えることにより、消費エネルギーが大幅に減って、数年でもとが取れる「エコ投資」となる。

★三菱総研は社内エコポイント制度を導入して、省エネ家電や自宅の省エネ改造には社内補助金を出すと講演で小宮山さんは言われていた。

たとえば製鉄会社など、これ以上の省エネが難しい会社は、社員の自宅でのCO2排出量削減を促進することで、企業としてアピールできる。その意味で、今後他の企業も社内エコポイント的な制度を導入するところが増えてくると思う。

★産業界では原発は稼働率アップが第一。日本は規制が厳しすぎて原発の稼働率は平均60%台だが、韓国は90%で、諸外国でも80%程度だという、

日本は年に1ヶ月の点検が義務づけられているが、諸外国は2年に一回だという。稼働率を80%に上げるだけで、原子力発電の発電シェアが3%上がり、CO2排出量をその分削減できる。

★小宮山さんの将来の日本の発電比率は、水力8%、太陽電池15%、バイオマスや風力発電が7%、原子力40%で非化石燃料で70%を占める。残り30%をガスや石油を使ったコージェネレーションでまかなうというものだ。

★金属のリサイクルが進めば、先進国では新たに鉱山を掘る必要はなくなる。

鉄鋼原料出身の筆者には、ありがたいような、困るような話で、いわゆるミックスドフィ-リングだ。

★プラスティックはリサイクルが高くつく場合もある。たとえばポリエチレンは、分子構造が石油と似ていて石油からつくってもリサイクル原料からつくっても、エネルギーコストはあまり変わらない。

ポリエチレンは生ゴミなどを燃やす良い燃料となるので、「サーマルリサイクル」=熱源として再利用するのも活用法だ。

それに対しPETボトルなどのポリエステルは何度も化学反応を経て作るので、PETは回収した方が良い。

★もし日本の省エネ技術や「もったいない」意識をそのままアメリカに持って行けば、CO2排出量はすぐに半分くらいに落とせるだろうと小宮山さんは語る。

筆者も米国に合計9年間駐在した経験がある。アメリカのセントラルエアコンは夏も冬も快適だが、誰もいなくてもすべての部屋を暖房するので、エネルギー消費が日本とは比べものにならない。

大体どの家でもボイラー室に、巨大なボイラーと温水タンクがある。筆者の友人は誰も使わない部屋はエアコンの吹き出し口を紙などで塞いで、省エネしている人もいた。

少なくとも部屋別暖房に換えるとかで、半分までは行かなくともかなりの省エネ効果が見込めると思う。

★日本の食糧自給率を上げるために、多収量米を遊休耕地でつくり、普段は家畜のえさ、緊急時には食料として活用することを薦めている。

★日本は活気ある高齢化社会をつくるべき。80歳以上の高齢者の8割は健常者だから、この8割の高齢者の社会参加が重要だ。

福井市では介護のデータとレセプト、健康診断のデータベースを統合しようという検討を三菱総研と始めているという。健康情報の一元管理だ。

★小宮山さんの提唱する「プラチナ構想」とは、高齢者が参加できるエコ、低炭素化社会だという。全国で地方自治体のプラチナ構想ネットワークができつつあるという。


すぐに実行可能で、具体的なCO2削減提案で、大変参考になった。

筆者の家は建て売り住宅で、断熱にはほぼ満足しているが、サッシの二重化やエアコンの交換、エコキュート導入を具体的に検討してみる。

数年で投資額が数年で回収できるのであれば、築18年の家で設備も古くなってきているので、やらない手はない。

上記の目次を参考にして、書店で手にとってパラパラと読み、自分でもやれそうなCO2削減策を考えて欲しい。

そしてみんなに言おう「地球に良いこと何かやってる?」


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2009年09月23日

へこたれない ワンガリ・マータイ自伝 モッタイナイ運動支援者

UNBOWEDへこたれない ~ワンガリ・マータイ自伝UNBOWEDへこたれない ~ワンガリ・マータイ自伝
著者:ワンガリ・マータイ
販売元:小学館
発売日:2007-04-11
おすすめ度:5.0
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ケニア出身でアフリカ各地で植林を進めるグリーンベルト運動の創始者、ワンガリ・マータイさんの自伝。

30年間で3,000万本もの植林を実現した功績と、ケニアの独裁政権と対決し、何度も投獄されながらもアフリカの女性解放運動を推し進めた功績で、2004年のノーベル平和賞を受賞している。

2005年に毎日新聞社の招きで来日した時に、日本語の「もったいない」を知り、"MOTTAINAI"運動として世界に広める努力をしている。


世界の森林比率

アフリカというとジャングルやサバンナが思い浮かぶが、ケニアでは森林伐採が続き毎年0.3%ずつ森林比率は減少し、現在は6%だ。日本の森林比率は70%弱で、実は世界で最も森林比率の高い国の一つだ。

FAO(国連食料農業機関)でGlobal Forest Resources Assessment 2005という世界の森林の状態についてのレポートを公開しているので紹介しておく。

Kenya forrestJapan forrest






出典:FAO Global Forest Resources Assessment 2005

次の表は上記の表を加工したものだ。

森林面積2






出典:FAO Global Forest Resources Assessment 2005のデータを加工

先進国では1990年以来、森林の面積はほとんど減っていないが、世界全体では毎年0.2%ずつ減少しており、森林面積トップ10ヶ国の中では、2位ブラジル(−0.6%)、8位インドネシア(−2%)、9位スーダン(−0.8%)の減少が大きい。

アフリカでは全体として毎年0.6%ずつ減少しており、アフリカ諸国の平均減少率よりは少ないが、マータイさんの母国のケニアでは毎年0.3%づつ森林が減少している。

ヨーロッパ、北米、東アジアでは、ほぼ横ばいか増加だが、アフリカ、南米、南・東南アジアでは減少している。森林問題は貧富の差の問題でもあることがわかると思う。


ちなみに世界最大の森林国はロシアである。次の地図からもそれがわかるだろう。

Russland




ケニアではトウモロコシやコーヒー、茶などの換金作物の生産のために森林がどんどん伐採され、地盤がゆるみ大雨が降ると洪水が頻繁に起こるようになっている。

この本を読むと森林伐採問題以外にも、ケニアでは部族問題、女性差別問題、独裁政権と、アフリカ諸国共通の問題を抱えていることがよくわかる。


マータイさんの生い立ち

ワンガリ・マータイさんは1940年生まれ。ケニア最大の部族、キクユ族の出身だ。生まれてすぐイギリス人の経営する農場に一家で移り住み、一夫多妻制で母親の違う兄弟が居たという。

ケニアでは20世紀初頭には統治者のイギリスに対して各部族が抵抗を試みたが、イギリス政府が武力により鎮圧した。1950年前後には抵抗運動が再び活発となり、初代大統領のジョモ・ケニヤッタも1952年に逮捕され、強制収容所に収容されている。

女子に教育を受けさせない家族も多かったが、マータイさんは8歳から片道5キロの道を歩いて小学校に通い始めた。授業はキクユ語で行われ、英語、スワヒリ語、数学、地理を学んだ。

全寮制のカトリック系の女子中学校、次にナイロビの女子高校に進学、高校をトップの成績で卒業した。会話は英語だったという。


アメリカに留学

1960年前後はアフリカ諸国が軒並み独立した時期で、アメリカはアフリカの留学生を積極的に受け入れ、マータイさんはJFKの父のジョセフ・P・ケネディ財団の支援で、カンザス州のアッチソンにあるベネディクト会の修道女が運営するマウント・セント・スコラスティカ大学に留学する。

オバマ大統領の父もやはりケニア出身のアメリカ留学生だった。

ニューヨークからカンザス州に行くグレイハウンドバスの旅の途中のインディアナ州で、黒人は喫茶店内には入れないという黒人差別を目にして衝撃を受ける。しかし大学のあったアッチソンでは大歓迎してくれたという。

マータイさんは近くにある男子大学との交流でダンスパーティなどで男女が一緒に踊ることを見て驚く。ケニアで受けたカトリック教育がビクトリア朝そのままの厳格な教育だったからだという。

第2バチカン公会議(1962〜1965年)を控え、カトリック教会の改革を進める風潮があったという。

マウント・セント・スコラスティカ大学のみんなは親切で、祝日には地元の人が留学生を自宅に招いてくれ、アメリカ人の友人もでき、後に40年ぶりに再開する日本からの留学生とも友達になったという。

大学には黒人はほとんどいなかったが、2人いる補助職員の黒人の生活を通して、アッチソンでも黒人居住区があることを知ったという。


ピッツバーグ大学で修士号取得

マータイさんはマウント・セント・スコラスティカ大学卒業後、1964年からピッツバーグ大学の生物学大学院で、動物の脳の松果体を研究する。

当時のピッツバーグでは老朽した製鉄所の大気汚染を改善する取り組みが進んでおり、マータイさんにとって最初の環境改善運動を経験することになる。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在したので、マータイさんがピッツバーグ大学出身と聞いてなつかしく思った。1960年代初め頃は、これらの製鉄所は生産を続けて公害をはき出していた。

ところが1968年頃の鉄鋼不況で、軒並み製鉄所は閉鎖され、約1千万トン以上の鉄鋼生産能力がスクラップ化された。

ピッツバーグ市内や郊外に老朽した製鉄所がアレゲニー川沿いに10キロ以上も連なっており、最初の駐在の時には日本からのお客の希望があれば、川沿いの廃墟に沿ってドライブしたものだ。

郊外にU.S.スチールのE.T.(エドガー・トムソン、カーネギーが大口顧客で当時のペンシルバニア鉄道の社長の名前を付けた製鉄所)が有る他は、今はピッツバーグ市内には製鉄所は一ヶ所もない。だから筆者が駐在した時にはピッツバーグはシティルネッサンスの代表として、全米で最も住みやすい町に選ばれたほどだ。

ちょうど明日からピッツバーグでG20の会議が開催されるが、マータイさんも今のピッツバーグを知ったら、その変貌にさぞかし驚くことだろう。


ナイロビ大学に就職

ピッツバーグ大学での研究後、ナイロビ大学の動物学科から採用通知を受け取り、マータイさんは1966年にケニアに戻る。しかし、大学に行ったら動物学の教授から他の人を採用したと言われる。教授と同じ出身部族の者を優先したのだ。

就職活動の後、ギーセン大学から派遣されているドイツ人教授のいるナイロビ大学獣医解剖学科に採用され、ギーセン大学に2年弱留学する。

1969年にナイロビ大学の助講師として復帰し、政治活動を志すムワンギ氏と結婚、長男をはじめ3人の子供が生まれる。ムワンギ氏は1974年の選挙で当選し、マータイさんも1977年に助教授に就任する。

公私ともに順調のように見えるが、次第に夫婦の仲は悪化し、1979年には離婚訴訟となる。さらに訴訟中にマータイさんは女性の進出を好ましく思わない裁判官に法定侮辱罪で有罪とされ、刑務所に入れられてしまう。


植林運動を開始

1970年代前半からマータイさんは婦人運動や赤十字、環境運動にも加わり、森林伐採による洪水被害や、環境悪化対策として植林を推進するグリーンベルト運動を始め、エンバイロケア社を設立する。

1976年には国連人間居住計画(ハビッタットI)に参加し、マーガレット・ミードマザー・テレサバーバラ・ウォードなどの演説を聴き、感銘を受ける。


ケニヤ独裁政権との闘い

1978年にケニヤッタ初代大統領が亡くなり、モイ副大統領が次いだ。

マータイさんはケニア全国女性評議会(NCWK)の議長に立候補するが、政府から圧力を受ける。出身部族のこと、女性であること、離婚歴があることなどがモイ大統領が嫌った理由だ。

1982年の国会議員補欠選挙に立候補を決めるが、裁判所からは資格がないという判決を出され失職する。

ナイロビ大学は復職を拒否し、社宅は即時退去、健康保険なし、おまけに年金受け取り資格がないと通知してきた。大統領が大学総長を兼任しており、大統領の意をくんだ副学長の仕業だ。

大学教授の地位も収入も失ったマータイさんを支援したのは、国連女性開発基金、UNIFEMとノルウェー森林協会だった。

グリーンベルト運動を進める一方、政府によるナイロビ市内のウフル公園への”公園の怪物、タイムズスクウェアビル”建設に反対したり、ナイロビ郊外のカルラの森の環境破壊に反対したので、モイ大統領からは反政府勢力と見なされ、投獄されたり、弾圧を受けることになった。


国会議員に当選

2002年の選挙でモイ政権が交代するとともに、マータイさんも国会議員に当選した。「立ち上がり、歩こう」という聖書からの言葉がモットーだったという。


この本の原題は"Unbowed"

この本の原題は"Unbowed"、つまり「屈しない」という意味で、男女差別、離婚した女性への差別、部族差別、政府の弾圧に対抗し、投獄されても屈しない生き方が描かれている。

この本を読むとグリーンベルト運動や世界女性会議等を通じたマータイさんの人脈の広さがよくわかる。

アメリカ留学資金を提供してもらったケネディ家に始まり、UNIFEMの初代事務局長ペギー・スナイダー、ロックフェラー家、U2のボノ、ボブ・ゲルドルフ、アル・ゴア、ミハイル・ゴルバチョフ、ノルウェーやオーストリアなど欧州の支援団体などだ。

ノーベル平和賞の候補になったときにも推薦する人が多くいたのだと思う。やはり国際政治がらみの案件は国際的な人脈が鍵となる。

その意味で東京のオリンピック立候補には残念ながら不安を感じざるをえない。鳩山首相に出馬願うとともに、皇室か国際機関などでの勤務経験のある国際的に著名な人材を得て、最後までベストを尽くして欲しいものだ。

マータイさんは日本語の「もったいない」に賛同し、"MOTTAINAI"精神と、風呂敷をエコラッピングとして世界的に広める運動を支援している。マータイさんをを支援者に持つことは、日本独自の3Rを中心とするMOTTAINAI運動にも国際的な広がりを与えることだろう。

3RとはReduce, Reuse, Recycleの3つのRだ。マータイさんはこれにRespectを加えて4つのRとしてはどうかと言っているそうだ。

アフリカに生まれ、女性差別、部族差別、離婚経験者差別、政府の弾圧など、様々な差別と圧力と闘って、ついにノーベル平和賞を受賞したマータイさんの努力には頭が下がる思いだ。

アル・ゴアのノーベル賞受賞理由と金大中の受賞理由の両方を兼ね備えているが、どちらかというと金大中の受賞理由に近い独裁政権との闘いが評価されているのだと思う。

この本はマータイさんの自伝で、森林保全のグリーンベルト運動に関しては、マータイさんのもう一冊の「モッタイナイで地球は緑になる」の方が詳しい。

モッタイナイで地球は緑になるモッタイナイで地球は緑になる
著者:ワンガリ マータイ
販売元:木楽舎
発売日:2005-06
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

但し、こちらの本も「モッタイナイ」という題名は付いているが、MOTTAINAI運動を広めようという趣旨の本ではないので、念のため。

アフリカでも森林伐採が進んでおり、ケニアではわずか国土の6%しか森林が残っていないという話に衝撃を受けた。アフリカのことを何も知らないのだということを、思い知らされた。

是非一読してアフリカに関する知識を拡充して欲しい。


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2007年10月08日

課題先進国日本 東大の行動派総長 小宮山教授の提言

「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ


東大総長小宮山宏教授の日本改革の提言。

小宮山教授の専門は化学工学で、小宮山教授自身がCVD(Chemical Vapor Deposition)という半導体の薄膜製法を手がけ、CVD反応工学という新しい学問を生み出したという功績がある

小宮山教授は2003年に技術を生活に生かす「動け!日本」というプロジェクトを主宰しており、2006年、2007年と連続してダボス会議にも出席している。

東大総長がダボス会議に出席していたとは初耳だが、象牙の塔にこもらない行動派の総長という印象だ。


出羽の守

明治以来の学問は「出羽の守(かみ)」だったと。つまり米国「では」、イギリス「では」と外国の例を紹介するだけの論文を書いた人々だった。

今もこういう人は多い。ちょうど10月1日に郵政民営化が実現したが、マスコミに登場する評論家の多くは依然としてイギリス「では」、ドイツ「では」、スゥエーデン「では」と言っている「出羽の守」ばかりだ。

これからは、自分でゼロからモデルを創造しなければならないと小宮山教授は主張する。


東大総長としての訓辞

東大総長に就任して、小宮山教授は学生生活で獲得すべき目標として次を訓辞したという。

1.本質を捉える知
2.他者を感じる力
3.先頭に立つ勇気

筆者もかすかに記憶があるが、歴代の総長の訓辞はだいたい1が多い。有名な大河内一男総長の「ふとった豚よりやせたソクラテスになれ」というのも、1の路線だ。

つまり大学というアカデミズムのトップの自覚を持って、リーダーとして社会のために勉学に励めというものだ。

そんななかで、実社会で成功する上で不可欠なコミュニケーション能力や、リーダーとなる勇気を説いているのも、行動派総長小宮山教授の特徴と思える。


日本は課題先進国

小宮山教授は日本は課題先進国だという。

まだどの国も解決したことのない問題が山積だ。エネルギーや資源の欠乏、環境汚染、ヒートアイランド現象、廃棄物処理、高齢化と少子化、都市の過密と地方の過疎、教育問題、公財政問題、農業問題など。

これらは遠からず世界共通の問題となってくる。

日本のGDPは世界第2位で世界の11.2%を占めるが、二酸化炭素排出量では世界4位、4.7%にとどまる。日本には公害対策や、省エネ、太陽電池利用、ハイブリッド車開発という輝かしい歴史がある。

日本が課題解決先進国として世界をリードするのだ。

GDP規模ではいずれ人口が10倍の中国、インドに追い抜かれようが、エネルギーの効率的利用や公害問題で示したように、持続可能な世界をつくる課題先進国、21世紀のフロントランナーとして世界の範となるのだ。


サステイナブル・ソサエティ

小宮山教授は1999年に「地球持続の技術」という本で、「ビジョン2050」という環境と資源に関するトータルビジョンを提案した。

地球持続の技術 (岩波新書)
地球持続の技術 (岩波新書)


2030年には中国・インドが先進国の仲間入りをすると予想され、2050年には今の途上国を含め、世界中のすべての国が先進国並の生活水準となる。そのとき人口は90億人となり、それ以降は漸減する。エネルギーの消費は3倍まで増える可能性がある。

2050年を目標として、持続可能な(サステイナブル)社会をつくるためには、次の3つが必要となる。

1.徹底したリサイクルによる物質循環システムの構築
2.エネルギー効率を現在の3倍に引き上げる
3.自然エネルギーの利用を現在の2倍に引き上げる

ハイブリッド車から深夜電力が利用できるプラグインハイブリッド車、さらに電気自動車に向かうことによって自動車用のガソリン消費は2050年までにはゼロとすることができるという。

小宮山教授は廃材、モミガラ、麦わらなどを利用したバイオマスも提唱する。

バイオマス・ニッポン―日本再生に向けて (B&Tブックス)
バイオマス・ニッポン―日本再生に向けて (B&Tブックス)


小宮山教授は、自宅でも太陽光発電、アイシネンという断熱材、二重ガラス、エコキュートというヒートポンプ型冷暖房を導入して、自分でも実践している。


教育に関する提言

教師育成にも問題があると小宮山教授は主張する。

筆者も知らなかったのだが、以前は9割の高校生が物理を学んだが、今の高校ではわずか2割しか受講していない。

また以前は大学3年生からでも単位をよけいに取ることで、教員免許が取れたが、今は小学校の先生になるためには、事実上文系の教員養成コースに行かないと難しい。

物理も勉強したことがなく、文系で先生となるので、理科の嫌いな小学校の先生がどんどん増えていると。

小宮山さんは教員免許取得機会の多様化を主張しており、さらに教育院を設立して、多くの大学と教育委員会が共同して、新しい教師育成と現場の教師の研修にあたるべきだと主張する。


高等教育投資の財源

日本と米国の高等教育投資の差は大きいと小宮山教授は指摘する。

日本は2兆円だが、米国は15兆円で日本の7.5倍もある。これに加えてエンダウメントと呼ばれる寄付を基にした基金を高利で運用し、巨額の運営資金としているのだ。

たとえばハーバード大学の基金は3兆円弱、これを平均運用利回り15%で回して、2006年の利益は4,000億円にも上る。イェール大学は2兆円、平均運用利回りは20%に達するという。

日本では慶應大学のエンダウメントの規模が300億円で、全く勝負にならない。東大の年間予算が2,000億円なので、米国の一流大学は基金の運用益だけで東大の年間予算の倍の資金を得ているのだ。

米国の大学が豊富な資金によって、学費免除と奨学金を与えて、世界中から優秀な学生をリクルートしているのは知る人ぞ知る事実だという。

教育の質は予算規模だけでは決まらないが、理系などの実験装置・設備が必要な分野では、予算の差が高度な研究が可能かどうかを決めるファクターともなる。

小宮山教授は日本の大学への財政投資を今の倍の5兆円に増やすべきだと主張する。

財政事情が許さないのであれば、米国の様に個人の寄付を活用するために、税額控除を認めるべきだと主張する。

現在の日本の税制では、寄付は基本的に所得控除で税額控除ではない。

東大では2名の副理事に加え、10名以上をフルタイムで雇用して寄付集めに専念させているが、現状では限界があると。

発泡酒の例を見るまでもなく、税制は社会を動かす力がある。その意味で寄付を税額控除として、日本国民の1,500兆円の個人資産を教育に振り向けようという小宮山教授の主張は合理的だと思う。


東大の公開講座Podcasting

東大の知に関する公開講座がPodcastingで提供されている。iTunesで無料でダウンロードできる。

ノーベル賞受賞者の小柴昌俊教授が第1回に宇宙はどうやってできたかを講義している。

筆者もダウンロードして現在聞いているが、わかりやすく面白い。

便利になったものだ。

東大ポッドキャスト







日本人への応援歌

日本は江戸時代に教育普及率が70〜85%に達し、当時の世界で圧倒的にトップだった。高い教育水準と識字率が文明の基盤でもあった。

明治になって、欧米に工業化の面で追いつくべく富国強兵を実現した。敗戦でほとんどすべての産業基盤、社会基盤を失ったが、再び欧米モデルを追いかけ、終戦から23年後の1968年に世界第2位のGDPを達成した。明治維新から100年後のことだった。

狭い国土で乏しい資源でありながら高い成長を達成し、なおかつ公害問題もエネルギー問題も解決した日本。

その国民性を持ってすれば、「課題先進国」として世界に先駆けて課題を解決することもできるはずだと小宮山教授は日本国民に対してエールを送る。

「課題解決先進国になれ、日本はそれができるのだ、日本はきわめて良い位置にあるのだ」と。

行動派総長の日本への応援歌。あらためて発見することも多い。是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 03:10Comments(0)TrackBack(0)