高橋まつりさんの過労死自殺で、いまや社会全体からブラック企業の代表とみなされ、逆風下にある電通マンの気くばりの紹介。
「バブルへGO」などの作品で知られる正体不明のクリエイター集団、ホイチョイ・プロダクションズがまとめたものだ。
著者(たぶんホイチョイ代表の馬場康夫さん)は、大手電機メーカー(日立製作所)の宣伝部に勤務した経験があり、当時電通や博報堂などの広告代理店とつきあっていたという。
当時は、他の会社の人が平気で社内を歩き回っていた時代で、電通の営業が「お茶にでも」と誘うのは、部長か部長代理、下はせいぜい主任どまりで、ヒラ社員や窓際族は全く誘われなかったという。
一方、博報堂の営業は決裁権のない若い部員でもバンバンお茶に誘ってくれたから、若手社員は電通よりも博報堂の営業と親しくなった。
広告の良しあしで扱いを決める「競合プレゼン」で、博報堂がいいアイデアを出しても、キャンペーンの扱いはたいてい電通に行ってしまった。だから、若手社員は電通は日ごろのおべっか攻勢で、決定権のある部長や副部長を抱きこんでいるからだと噂しあった。
電通のような「寝技」で仕事を取るのは邪道で、広告の扱いはクリエイティブ力やメディア・プラニング力で決められるべきものだから、電通よりも博報堂を心から応援していた。
しかし、仕事を続けるうちに、その考えが変わってきたという。電通は、得意先、それも決定権のある得意先に対して小さな「貸し」をできるだけたくさんつくっておく、あるいは小さな「借り」をできるだけつくらないようにするという点で、端倪(たんげい)すべからざる(はかりしれないという意味)技術を身につけていたという。
以下で紹介するような細かな気くばりのノウハウが伝承されていて、ビジネス上の大きな成果を生んでいたのだ。
そのことに気が付いたのは、ある程度自分でも仕事を任される入社5〜6年後だったという。
博報堂の社員は好人物が多く、共通の話題などで一緒に盛り上がれるが、自分がある程度仕事を任され、多忙になって、リアルなサービスを求めるようになってくると、話は別だ。
博報堂の新入社員は「得意先を不愉快にさせないことが基本」という原則論を学ぶが、原則論だけでは、この本に紹介されているような小技は身につかない。細かな気くばりの技術は会社全体で蓄積し、体系立てて教育しないと伝承されない。
そういう電通の気くばりは、実は立派なクリエイティブではないかと、ある時からリスペクトするようになったという。
そうした気くばりは、電通だけではない。グローバル・スタンダードなのだと。
この本では、電通の吉田英雄社長が1961年に訪米した時に、表敬訪問した全米最大手の広告代理店ヤング&ルビカムで、吉田社長が大のゴルフ好きなことを調べていたヤングの会長から漢字で正確に吉田英雄と刺繍してあるゴルフバックと、吉田のイニシャルを刻んだゴルフボールをプレゼントされたことを紹介している。
この本の冒頭で、ディズニーランドを日本誘致するときに、三井不動産と三菱地所が競合した時の話を紹介している。三菱地所はディズニーの一行を100キロ離れた富士山麓にバスで連れて行った。
三井不動産は一行をバスで千葉県の舞浜に連れていき、近さを強調するために、バスで食事をとった。バスには小さい冷蔵庫しか置いていなかったにもかかわらず、ディズニーのミッション6名全員に振り袖姿のコンパニオンが、食前酒を「なんでも注文してください」と言った。
メンバーは半信半疑で、めいめい「ブラディメアリーを、ウォッカはストリチナヤで」とか、「ペリエ」とか勝手に注文したが、すべてその小さな冷蔵庫から飲み物は取り出され、メンバーの一人は「あれはアイスボックスじゃなくて、マジックボックスだ」と驚嘆したという。

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実は三井不動産は、ロスアンジェルスの広告マンから、ディズニーの来日メンバーが普段どういう食前酒をのんでいるかのレポートを受け、各人の注文が3パターンしかなく、しかもその多くはダブっていることをつかんでいた。だから小さい冷蔵庫にすべてを詰め込むことができたのだ。
もちろん結果は、舞浜を押す三井不動産の勝利に終わった。
当時の三井不動産の担当者の堀貞一郎は、のちに電通に移っている。
それでは36の「鬼」気くばりを紹介しよう。全部紹介するとネタバレとなってしまうので、ピックアップして紹介する。( )カッコ内に筆者のコメントを付け加える。
1.安物の同じボールペンを必ず2本持ち歩く。(得意先に差し上げて、「貸し」をつくるためである)
2.お詫びやお礼をメールだけで済まさない。
3.名刺は相手より下から出す。
4.得意先の吸っているタバコを常に携行する。
8.3日後に100%の答えを出すより、翌日、60%の答えを出す。(これが高橋まつりさんの過労自殺につながった電通の流儀なのかもしれない)
10.接待の席には、相手の家族向けのおみやげを用意する。
11.見送りはタクシーが角を曲がるまでおじぎをつづける。(この本の著者も同じことを経験したことがあるという。博報堂の営業は解散していたが、電通の営業はおじぎを続けていたと。最近は車のディーラーでも同じことを徹底している)
12.得意先にタクシーで行くときは、100メートル手前で降りて歩く、
14.宴会やゴルフには写真係を置く。
16.葬儀用に白黒の名刺を用意する。
17.葬儀は必ず最後まで参列する。
20.接待では、相手の行きつけの店を予約し、こっちが払う。
22.土下座は、相手の怒りのピークではしない。一晩置いて、翌日みんなでする。
23.メールでCCは多用しない。相手の文面は要約して送る。
26.宴会のために揃いのハッピを作る。
28.会議室は最後に出る。建物は最初に出る。
29.クリップは絶対に相手の社名や「御中」にかけない。
30.口が裂けても逆接の接続詞は口にしない。(「ですが」、「だけど」、「やはり」は禁句、まずは相手の言うことを肯定し、そのあとで、「こういうふうにも考えられないでしょうか」と切り出す)。
32.書類に上司と並んでハンコを押すときは、上司より下に、斜めに傾けてつく。(筆者は全く知らなかった)。
最後に東日本大震災の時に、福島第一原発が水素爆発を起こした時、東京電力に乗り込んで、幹部を怒鳴りつけて「原発から撤退したら東電は潰れる」と恫喝した菅直人の話が載っている。
気くばりの名人木下藤吉郎だったら、どう行動しただろうかと。
菅直人の仕事ぶりは、広告代理店にたとえると、プラニング能力や調査といった「理」の部分は抜群だが、しばしば、それを実行する人を動かすための「気くばり」に欠ける博報堂の仕事ぶりに似ている気がすると、著者の馬場さんはいう。
田中角栄や小沢一郎に代表されるかつての自民党政治は、プランニングや調査といった「理」よりもむしろ、「気くばり」で人を動かし、ものごとを進めてきた電通の仕事ぶりに似ていると。
電通はいまやブラック企業の代表のように言われているが、営業力はじめ広告代理店としての力は抜群だ。その営業力の基本となる「気くばり」が紹介されている。一つ一つを取ってみると、それほどスゴイ気くばりではないが、これらすべてをできるのが、本当の電通の営業なのだろう。
「鬼十則」を廃した電通がこれからどこへ行くのか。興味があるところである。
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