2024年06月03日

「異教徒暮らしのアラビア」 パレスチナの戦争を理解するために



大学のクラブと会社の後輩が2冊目の本を出版したので読んでみた。

きれいな本である。サウジにある砦の写真が表紙となっており、筆者が撮った写真とのことだが、非常に鮮明に撮れており、とてもしろうとの写真とは思えないできばえだ。

この本は著者の和田朋之さん自身のサウジアラビア駐在経験をもとに、多くの参考文献を読み込んで、今一つ得体がしれないサウジアラビアという国に関して、日本人がわかりやすいようにテーマごとに数ページにまとめている。

この本の構成は次の通りだ。

第1章 21世紀初めのサウジアラビア
第2章 現生人類が暮らしたアラビア
第3章 ユダヤ教・キリスト教の発祥と興隆
第4章 イスラム教の誕生と勃興
第5章 ダマスカスの聖地にて
第6章 部族民とサウジアラビア建国
第7章 襲撃事件・再び
第8章 リヤド再訪
第9章 イスラエルとパレスチナ

プロローグで、サウジ入国審査の話を取り上げている。アルコール類は持ち込み禁止、週刊誌のグラビアでさえ切り取られる。和田さんは3年間のサウジアラビア駐在時代に、ブドウジュースに入れるワイン酵母を東急ハンズで買って持ち込んで、自分でワインを作っていたという。




筆者は、サウジには行ったことはないが、イラン・イラク戦争の時に、イランには2回出張した。イランはホメイニ革命前は、アルコールは自由だったが、ホメイニ革命後は公の場ではアルコールは厳しく規制されていた。

しかし、それなりに裏ルートがあり、イランに住むアルメニア人対策でウォッカの密造はどうやら目こぼしにあっていたようで、駐在員はウォッカに紅茶で色を付けて、イラニアンウィスキーとしたり、イスラミックビア(ビールからアルコール分を飛ばしたノンアル飲料)にウォッカを足してビールとして飲んでいた。

イランでは自宅でアルコールを飲む分には、あまりリスクはなかったが、サウジではアルコール規制はずっと厳しく、和田さんが密売のウィスキーを買って、持ち帰るときに検問に会い、ヒヤヒヤした経験を書いている。

しかし、あるところにはあるもので、和田さんが訪問したサウジ王家につながる名家の出身のビジネスマンの自宅で、壁一面の酒棚とワインセラーを見せられたという。

王家につながる名門には、警察も入れないのだろう。サウジのムハンマド皇太子(ムハンマド・ビン・サルマン=MBS、通称MBSと呼ばれる)が命令したといわれる、ジャーナリストのカショギを、トルコのサウジ大使館で殺害した事件が思い起こされる。

この本では、テーマごとに数ページにまとめていて、読みやすい。たとえば、第1章のサブタイトルは次の様な構成となっている。

リヤド赴任とわいせつ画
礼拝時間の尊重
コンパウンドのワイン作り(コンパウンドとは、主に外国人が住む警備が厳重な集合住居だ)
アラビア半島の地形とリヤド
9・11事件
イスラム暦とラマダン(断食月)
巡礼月
イスラム教社会での生活
ウイスキーの調達
イラク戦争前の緊張
サウジ人と外国人労働者

いくつか参考になった点を紹介しておこう。

カアバ神殿のあるメッカは、現在ではイスラム世界の最大の聖地とされているが、預言者ムハンマド以前の時代では、360余りの各部族の神々の偶像や、聖石、聖木が奉納され、なかにはイエスキリストとマリアのイコンもあったという。イスラム教は偶像崇拝を認めないので、ムハンマド後は、これらは一掃された。

この本では割礼について何度か書いている。筆者は米国に2回駐在した。米国は割礼とは無縁と思われるかもしれないが、筆者の長男が生まれたピッツバーグの病院では、新生児に割礼するか何度も聞かれた。割礼=circumcision(サーカムシション)という言葉をたまたま知っていたので、断ったが、言葉を知らなかったら、長男は割礼されてしまうところだった。たぶんユダヤ教徒は割礼しているのだろう。米国でも割礼は普通に行われているのだ。

割礼というと、イスラエルに潜入するために、ゴルゴ13が事前に割礼手術をうけていた漫画を思い出す。イスラエルの長官の娘がゴルゴ13が割礼しているのを見て、ユダヤ人だと納得するシーンだ。

ゴルゴ13(23) (ビッグコミックス)
さいとう・たかを
小学館
2013-03-22



外国で出産することが予想される場合には、覚えておく必要がある単語だ。

この本では、現在のサウジアラビア国王家の始祖であるムハンマド・ビン・サウード、始祖を継いだアブドルアジズ国王が、戦乱を勝ち抜き、時には砂漠を逃亡し、アラビア半島を統一していく過程を紹介している。敵方についた部族は無慈悲に処刑した。アブドルアジズ国王自身も、左目は失明、銃弾の貫通痕が2ケ所、右足に深い傷など、体中に戦争で受けた傷跡があったという。まさに、歴戦の勇者である。

アブドルアジズ国王は、第2次世界大戦が終わる直前、ヤルタ会議を終えた米国のルーズベルト大統領とエジプトで面談し、石油の共同開発や、サウジアラビアに米軍基地を建設することなどを決めている。戦後の米国とサウジアラビアの緊密な関係は。ここから始まったのだ。

この本の最後の第9章は、「イスラエルとパレスチナ」という題で、2023年10月7日のハマスの大規模ロケット砲攻撃とイスラエル人殺害・人質化以降のイスラエルとパレスチナの戦争について述べている。

パレスチナにおけるアラブ人とユダヤ人の対立は、2000年前から連綿と続いていたわけではなく、1917年のバルフォア宣言後に始まったと考えるべきだという。

全体が細かいサブタイトルごとに数ページにまとめられていて読みやすい。日本ではあまりなじみのないアラブ社会、サウジアラビア、イスラエル、パレスチナについて基礎的な知識が得られる本である。

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Posted by yaori at 00:46Comments(0)

2021年09月06日

ハイジャック犯をたずねて 元商社マンの珍しい交友



知人が本を出版したので読んでみた。

著者の和田さんは、大学のクラブの後輩で、同じ会社の後輩でもある。入社前に先輩訪問で就職相談に来た彼に「司法試験の短答式まで合格しているのであれば、そちらの方を頑張ったほうが良いのではないか」とアドバイスしたが、結局同じ会社に入社した。

もう40年近く前、和田さんは、初めての海外出張の帰りに、インドからバンコックに行くアリタリア航空のフライトでハイジャックにあった。1982年のことだ。

同じバンコック空港では、前年にインドネシアのガルーダ航空のフライトがハイジャックされ、機内に軍隊が強硬突入して、犯人全員射殺などという事件が続発していた中で、穏便に解決したケースだった。

犯人は複数を装っていたが、実際は単独犯で、体につけたダイナマイトも偽物だった。犯人の要求は、現金30万ドルとイタリアにいる実の息子を連れてこいというものだった。到着地のバンコックで、犯人と駐タイ・スリランカ大使、駐タイ・イタリア大使との交渉が始まった。

犯人はスリランカ人の30代の男で、ヨーロッパで働いていた時にイタリア人の妻と結婚していたが、仲たがいし、当時はスリランカとイタリアで別居しており、息子はイタリア人の妻と一緒に住んでいた。

そんな要求でハイジャックするかあ?というような動機だが、イタリア人の妻が協力的で、在タイ・イタリア大使の要請に応じて、すぐさまバンコック行きのフライトでバンコック入りして、犯人の説得を試み、犯人との交渉が成立して、無事に人質全員が解放された。

著者の和田さんは、まさにそのハイジャックを経験した。

当時の飛行機は、後部の座席が喫煙席だったので、スモーカーの和田さんは、後部の座席に座っていて、最後部に陣取っていた犯人の顔がわかる位置にいた。

交渉が成立し、人質は全員解放され、犯人はスリランカに息子とイタリア人の妻と一緒に帰国した。

当時のスリランカでは、まだハイジャックに対する法律ができておらず、到着時は英雄として歓迎されたが、政府が過去にさかのぼって適用される法律をつくったので、すぐに逮捕され、終身刑を言い渡された(その後5年間の懲役刑に減刑)。

スリランカに戻ってすぐ、イタリア人の妻は息子を連れて、イタリアに帰り、結局ハイジャック犯は目的を達成せずに収監されることになった。

それから30年あまり経ち、和田さんはふと、ハイジャック犯が健在なことを知る。刑期が終わった後は、再婚して人生をやり直しているようだ。そんなことを知るうちに、和田さんはハイジャック犯と連絡を取ろうと試みる。

つてをたどって、すぐに本人の連絡先が入手でき、本人に連絡して何度かスリランカに会いに行って、直接本人から話を聞いている。

この本は和田さん自身のハイジャックにあった経験、犯人の生い立ちから、ハイジャックで収監された後再婚して、娘と息子はヨーロッパの大学を出て働いていること、そして日本にはあまり知られていないスリランカという国の政治・社会について詳しく紹介している。



スリランカは、仏教徒のシンハラ人が約75%、ヒンドゥー教徒のタミル人が約15%、イスラム教徒のムスリムが10%という人口構成だ。

シンハラ語で、スリは「美しい」、ランカは「島」という意味だ。

しかし、スリランカは、その「美しい島」という国名にはそぐわない、民族、宗教間の対立が根深く残っており、自爆テロや爆弾テロ、要人の暗殺、それに対する政府軍の報復の空爆や攻撃など、血で血を洗う抗争が続いていた。さらに、社会にはカースト制の残滓が色濃く残っている。

隣国のインドでも、ネルー首相の子孫のガンジー一族は爆弾テロで暗殺されており、テロはスリランカのみの問題ではないが、それにしてもテロなどの脅威からほぼ無縁と思っている日本人には、強烈な印象を与える。

インドでの出来事も含め「第3章 スリランカのたどった道」で、和田さんはスリランカの複雑な政治・社会情勢をわかりやすく紹介している。

著者自らが人質となったハイジャック犯と再会するという珍しいノンフィクション作品であり、なおかつ、あまり知られていないスリランカやインドの民族問題がわかる。

巻末の「関連年表」も、すごい。スリランカでは、ほとんど毎年、政変やテロ・暴動・報復などが起きている。

現在の日本は、政府の新型コロナウイルス対策の失敗で、医療崩壊に陥っているが、それをのぞけば日本は平和そのもので、ほとんどの人がテロなどの脅威を感じないで過ごせる「安全安心」な国だ。そんなことをあらためて考えさせられる本である。


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Posted by yaori at 21:36Comments(0)